いきなり日本語を教えたスクール

今日から俄か「日本語講師」になる。私のような素人がこのような責任ある役割を負うのは、プロの方に申しわけないが、もちろん「私は日本語講師です」と言って引き受けた仕事ではなくて、学校側の希望が、タイ語のできる日本語教師、ということだったのだ。そしてこのへんに、両方を満たす人はいないからどっちを優先させるかってことになって、タイ語を優先させたというわけ。いずれにしろ、タイからの留学生に迷惑をかけないようにがんばらないといけない、というわけで、学校が用意してくれるということになっている教科書を待っていると予習ができないので自分で購入した。ありがたいことに、友人の中には日本語教師が複数いて、参考書をたくさん貸してくれた。頼りは友と本。

実はバンコク在住時に日本語を教えたことがある。タイ語を習いに少し通った小さなスクールの、確か初日だったが個人経営らしき校長からいきなり「日本語を教えないか」と言われた。その安易さに、一応冒険心があると思っている自分もさすがに驚いた。その時は「とてもできない」と断ったが、校長は平気で「大丈夫、大丈夫」。一方で自分の中の冒険心もくすぶり始めた。当時は日本といえば経済大国、タイでも相当な日本語ブームで、通りを歩いていてもショッピングしていても「日本語を教えてくれ」と声をかけられた時代。その小さなスクールにも希望者が来るらしくて、じきに生徒ができて、全くの素人が教えることになった。内心で「だって、英語教師をやっている人達だってオーストラリアやニュージーランドの旅行者じゃないか」と言い訳しつつ。日本にいたら本が手に入るが当時はそれもなし。若気の至りというには若くなかったから、何と言うのだろう、無責任か?その校長先生とは一緒に食事になど行っていたが、ある日突然亡くなった。秘書の方から「校長は死んだ」とタイ語と英語で電話口で何度も怒鳴るように言われても、全く意味が分からなかったのを覚えている。だって前日まで元気だったんだから。機会には乗った方がいいと思っている。
by kienlen | 2006-08-22 07:07 | 言葉 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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