『日本とドイツ二つの戦後思想』を読んだ

外は暑いようだ。こういう時は、事情が許せば室内で読書に限る。それで、読みかけだった仲正昌樹の『日本とドイツ二つの戦後思想』を読み終えた。仲正昌樹は『「不自由」論』というのを読んでから、なんて面白いのだろうと感動して『お金に「正しさ」はあるか』『なぜ「話」は通じないのか』『「分かりやすさ」の罠』を読んで、次の本がこれ。著者名で買ってしまうというのは、この人と中島義道と佐藤優。ただし専門書は前提となる知識が不足で読めないので新書等の一般向けのものばかり。この本は昨年の発行で、戦後60年の企画ということらしい。戦後責任をめぐってはよくドイツでは…みたいに語られるが、部分的にそうだとしても、では全体的にみてどうなのかとか、その背景となっている思想はどうなのか、という点に興味があったのだが、やはりこの人の本は面白い。

著者があとがきでこう書いている。編集者から提案された時は、ありそうな企画と感じたが「…日独の戦後思想を全体的に比較する手ごろな入門書的なものは、これまであまりなかったことに気が付いた。…ポイントごとに日本と比較して記述しながら、違いが生まれてくる理由について考えるようなスタイルの本は、意外なほどないのだ」。私も戦後の生まれなので、そうか、こういう時代に生きてきて生きているのだ、と考えながら読むのが楽しい。私は記憶力が悪いし、物事への執着心が欠如しているせいか、子供の頃の事をあまり覚えていないのだが、たまに欠片だけ頭の隅に残っている。そのひとつが高校進学の時の担任の「男子校に行くと赤軍派になるから女子高がいい」という言葉。あの浅間山荘事件は教師にとっても衝撃だったのだろうし、親は警戒心を抱いたかも。そんな知的会話を交わしたことがないから知らないけど。

田舎でただボーっとしていた私にとっては、これが何を意味しているのか当時分からなかったが、こうして人生というのはあっちに行ったりこっちに来たりするものなのだ。という例からも感じるが、私は自分の人生を「主体的」に生きているとは感じていないし、一体そんな事があり得るのかというのも分からない。かといって、主体性皆無だと言い切れる自信もない。もちろん私は学者ではないので突き詰められないが、この問題は常について回るものだろう。で、仲正昌樹の本に共通するのは、突き詰めるとどこに行き、それは俯瞰するとどういうことで、というあたりの説明が、ソコソコ!というツボにはまっていて心地よい。書いてくれてありがとう、って感じた本だった。
Commented by 夕涼み at 2006-08-05 21:20 x
仲正樹ですか。この本は、私も面白かった。「日本では、真っ向から対立している反米左派と超保守派が同じ結論になる」とか、左右両ニラミなところが、いいですね。そういえば、ローティーは、左右から攻撃されることは知識人として光栄だとあるところで書いた。党派的なのは左右どちらも同じ、どちらからも睨まれる際どい言論こそ、今求められているものなのではないか。党派性に屈してはならぬ。






Commented by kienlen at 2006-08-06 14:32
著者自身が、どっちかに分類されることを嫌がってますよね。でも、たまに自分の位置をチラつかせたりするところが面白いです。ドイツのように地理的に微妙なところにある国の知識人の役割は重たいのだと、教えられました。
by kienlen | 2006-08-05 14:36 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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