とっても恋しい、という日本語とタイ語

お気に入りに登録してある項目をおおざっぱに分類すると、時刻表や郵便番号などの、いわばハウツー、それから他人のブログ少々、それから市や県や入管など公的機関の公式ページ、それから本の検索関係、そしてタイ語の関係で、これは誰かが質問して誰かが答える、という形式が複数ある。そのうちのひとつを見ていたら、こういう質問があった。「キトゥン・ジャンは日本語で何ですか?(原文はタイ語)」。これだけの情報に対して、一体何と答えているのだろうかと興味深深で開けてみたら、こうなっていた。「とっても恋しい。すごく想ってます」。ふーーーむ。日本語としては正しいが、これを言うかい?手書きで切手を貼って出すレトロなラブレターならあるかも。「私はあなたがとっても恋しい、すごく想ってます」と。しかし、タイ語のこれはごく普通の日常会話用語。

電話を取ったら久々の友人で「お久しぶり、どうしてるのー」みたいな時に「なつかしいね」「会いたいね」というニュアンスで使ったり、電話じゃなくて、バッタリ会った時にも「キトゥン・ジャン・ルーイ(ルーイは強調的)」と言う。性別年齢関係ない、ということを知らなかった時は、私も教科書的に「恋しい」と理解していたので、ムムムと思ったが、何のことはない、生活用品のように気軽な言葉なのだ。私にとって不思議なのは、この種の回答者。言葉なんて、文脈で意味が変わってくる。それをあたかもひとつの定義があるかのように書き込む。「恋しい」「想ってます」と覚えたタイ人が、タイ語の「キトゥン・ジャン」の場面で「恋しいです」と言ったら、と想像すると、誤解されて結婚なんてことにならないでね、と余計なお節介をしたくなる。そういえば日本語だと気軽に、慕う親しい気持ちを表す言葉が思いつかない。こういう言語環境で育って、それでパーク・ワーン(口・甘い=甘言)に乗って行き過ぎになった日本人も少なくないようだ。それも楽しいだろうが。
by kienlen | 2006-07-27 01:30 | 言葉 | Comments(0)

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