ドイツ人によるバンコク日記を読んだ

大西健夫『オイレンブルク伯「バンコク日記」-ドイツ、アジアで覇権を競う-』を読んだ。古本で見つけたもの。発行された1990年、私はバンコク滞在中だった。誰がこういう本を読むのだろうか、と思いながら読み進めた。まずはドイツの研究家とか興味ある人とかのドイツ関係者だろうか。著者はドイツ財政史専攻ということだし、解説も、統一ドイツ国家形成の頃が中心で、私にはちょっとハードだった。私にとっては、ドイツ人が見たバンコクってどうだろうか、それから、近代化の夜明けの頃のバンコクってどんな様子だったんだろう、という2点が主な関心事だった。19世紀半ば、イギリスやフランスなどヨーロッパの列強が植民地を得た中で遅れをとっていたドイツが、植民地化されていない日本(江戸時代)と中国とタイとの間に、修好通商条約を結ぼうとオイレンブルク伯爵一行を送った。で、この方がほぼ毎日家族へ書いた手紙が、この本の元になっている。日記形式なので記述が易しくて読みやすいのはありがたい。

伯爵は日本→中国→タイという順序で回っていずれも条約締結を成功させた。で、タイが最後なので日本や中国の回想シーンもあって、なかなか興味深い。何より感心したのは、島国という地理上の利点がないタイが、隣国すべて植民地になる中で一国だけが独立を保ったことについて、資源がないからだとか緩衝地帯として残したとか、いろいろ言われるが、世界情勢の把握に努めて植民地化を避けることに腐心した外交政策である。この当時は、すなわち王室。「西欧列強を意識してのすばやい対応は日本や中国では見られなかったものであり…」という下りもある。それからタイの自然の豊かさ。果物も野菜も自然に生える、それも1年中。だから必要以上の耕作をせず、よって怠惰であるという指摘。豊かであれば勤勉である必要はないと、タイに住んでいてつくずく感じたものだから、国民性というのがあるとすればこれはルーツのひとつであろうと思う。偶然見つけた本だが、掘り出しものだった。
by kienlen | 2006-07-19 23:02 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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