暗殺の森

確かDVDで見たことがあった気がしてもう一度のつもりでさっそく初日に見に行ったのだが、見たことがあると思っていたのは勘違いだったようだ。森に向かう車の様子だけが既視感だったけど、こういうシーンはどこにもありそうだし。土曜日だったせいか観客が10人ほどもいてびっくりした。タイトルからしてストレートに政治的かと想像したら高度に芸術的だった。知識があったらもっと色々読みとれたと思うと自分に対して残念だが、何を意味しているのかと必死になってしまいつつ、そんなことよりもこの映像の美しさに浸れるだけで充分と思うのと両方だった。美しかった。このような抽象度の高い映画ファンがこんなにたくさんいるんだ、と感心していたら最後のタイトルバックになったとたん、どたどたと皆さんお帰りになり、これにもびっくりした。というのは、最後に流れていた歌の歌詞を見ずに帰れるのかと。

見た後にネットでの情報を少しみてみたところ、主人公がファシズムに傾倒して秘密警察に入る動機が、子どものころに犯した殺人への罪悪感とあったが、そういうシンプルな因果関係なんだろうかというのは自分には分からなかった。ムッソリーニ体制の崩壊する終わりの方で「みんなと同じことしていれば大丈夫」と言っている場面があり、そっちの方が少年時代の経験と関係するように感じたけど。それにこれがファシズムを象徴する言葉だろうし。でもそうか、懺悔の言葉があれだったからだろうか。それにしてもこれ、モラヴィアの孤独な青年が原作と知って懐かしかった。モラヴィアは若い頃に好きだったことだけは覚えているが内容は覚えていない。読み直したい。そんなのばっかりだ。孤独な青年の方が内容には合っていると思うけど暗殺の森の方がインパクトはありそう。ベルトリッチ監督のはラストエンペラーしか見たことないようだ。文学的というか哲学的というか区別できるのか知らないが素晴らしかった。もう一度見たらもっと分かることがありそう。

by kienlen | 2017-03-05 09:46 | 映画類 | Comments(0)

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