市民が武装する・しないの歴史と理由

小熊英二『市民と武装』を読んだ。「市民と武装-アメリカ合衆国における『武装権』試論」というのと「普遍という名のナショナリズム-アメリカ合衆国の文化多元主義と国家統合」という2つの論考をおさめた本。前者は、市民が銃を持って自分を守るという思想と実行の背景を考察したもので、それはつまり、日本ではなぜそうならなかったのか、という点とも表裏の関係であって、ここにも言及されている。私には実に実に興味深い内容だった。市民が武装することで、国家の暴力が市民に向かうのを防ぎ(確か憲法もそういう役割だったはずだが、なんかすり替えられつつあるような)、それはつまり、誰が武器を所持して戦う権利を持つかは、誰が市民として認められるかにかかっているわけで、アメリカにおける黒人と白人の関係、日本では武士とその他の関係が論じられる。いずれも戦争のたびごとに変化があり、兵器が近代化するにつれて、国家が武装権を独占することになる。なんて、短くまとめるのは乱暴すぎでしょう。この人のはいくつか読んだが、いずれもひじょうに面白い。それに扱うテーマの幅が広い。

後者のは、アメリカの孤立主義と国際主義という一見矛盾する立場の整合性がどこにあるか、というような話で、これも実に面白かったが、ただ、最近はこのような点に触れるものをよく見るので、どうしたのかな今更、と思っていたら書いたのが1992年ということで、9・11やイラク攻撃ではなくて湾岸戦争がきっかけとなっている。となると、かなりの先見性ではないだろうか。それにしても、アメリカの関係の本を読んで感じるのは、成り立ちといい何といい、何から何まで違うのに、情報で最も多いのがアメリカで「アメリカでは○○」、政治のレベルも「日米なんとか」が、いろいろあるけど、何か共通理解はあるんだろうか。それとも、そんな面倒くさいことはともかく共通利益だけでいっているのか。ここらへんを一般人にも分かりやすく説得していただかないと、いいのかなこれで、という疑問が膨らむばかり。小熊英二は当初はアメリカ研究の予定だったそうだが、日本近代研究に移った。この2つの論文は研究のスタートの頃のもの。文庫化されないとしても、がんばってトライしますので、ますますの発表をお願いします。その前にまだ未読たくさんありだが。
by kienlen | 2006-07-10 10:55 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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