片付け4日目

事務所模様替えに着手して4日目。ますます混沌を深めている。ほとんどコントロール不能に陥っている。家具を全部動かすので、腰でも痛めたら大変だなと思いながらやっている。誰かのヘルプを求めればいいかというと、これはあり得ない。次の過程をどうするかを決めるまでに何時間も何日もじっと見ているだけなので、仮に誰かに来てもらったとしても、何を手伝ってもらうかを伝えることができない。お茶でも飲みますか、となって足の踏み場もない所で立って飲んで無駄話して一日が終わるに違いない。そんなことに付き合ってくれる友だちのいないのは幸いか。それで思ったのだが、人に指示するというのはひじょうな能力のいることである、ということだ。仕事のことを考えてみると、自分の場合、ひとりで決めてひとりの裁量で行う部分が大きいので、結果までの舞台裏は見えない。だいたいが混沌であるが、混沌のまま表に出すわけがいかないので何とか整理するけどその過程を見せたとしたらみんなから見捨てられるのではないかと思ったりする。今の事務所の状況がそれ。ここに誰かが来たら恐れをなして後ずさりに違いない。夫は毎日目を背けて出入りしている。

一方で、これは指示に従う類の仕事である、と判断するものも少なくない。で、問題はそういう仕事と自分が判断した時に、的確な指示がこない場合だ。どうなっちゃってんのよ、と指示すべきと自分が判断した人を疑うことになる。自分に任せられているなら自分で決めてやるけど、そうじゃないのにやり様がないでしょう、と。で、何やら半端なままに日にちが過ぎる。自分が指示する立場だったらこんなことないのに、と思うのだが、片付けをしながら思うのは、ここで指示を出せとなっても何も出せない、全体像も展望もないままにやっているからだ、というのがよく分かる。片付けのプロという人は瞬時に全体像が見えてそこに向かうのだろうと思う。片付けに関して自分はプロでないので、そうできないことで今更落ち込んだりはしないし、そもそも混沌を楽しんでいるからこんなことになっているわけだし、時間さえあればどうということはないのだが、でも、しかし、この傾向はすべてに及んでいると思うとちょっと怖い。仕事だって全体像が見えないままとりあえず始めてから考える。全体像が見えないので始めるまでに時間がかかる。見えないのに進む一歩を踏み出すというのは方向性が完全に違ったら見切りをつける勇気がいるということでもある。ああ、怖い、などとつらつら考えているとモノはそこから動かなくなり混沌はますます深まり、歩くスペースがないまま時間だけが過ぎる。ジジジジ…。

by kienlen | 2017-02-04 11:05 | その他雑感 | Comments(0)

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