『ボヴァリー夫人』

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この間映画を見て、やはり小説を読まねばと決意。何度目かの取りかかりでやっと読んだ。後半に差し掛かっていたので、今回の山陰への旅で終える予定だったがダメで、昨日の上田行き電車まで持ち越した。なるほど、映画を見た後にネットでの評判をみたら評価はかなり低めで、へえ、私は良かったが、思っていたのだが、小説を先に読んでいると自分もあんなに面白いと感じられなかったかもしれない、と小説を読んでみて思った。映画と小説が別物とはいえ、やはりこれだけの長大なのを映画にするのはどこかを取り出して強調せざるを得ないんだろうし、ああしてエッセンスをシンプルに表しているのかと思ったのだが、そんな単純ではないのだ、多分。ストーリーも違うし、主人公の性格も夫も周囲の男も、映画を見ていなければかなり異なる人物をイメージしたと思う。

映画にはない小説の楽しみは何といっても文体。これはすごく好みだった。生島遼一訳の、もちろん翻訳ですけど。それに「ろーそく」とか、今ではあまり使わないのではと思われるような表記も面白かったけど、全体的に直接的なのに婉曲というと矛盾していているけどインパクトはあるけどスッと溶けいる感じが心地良い。エマの性格については「芸術的であるより感傷的な気質で、景色をもとめず、情緒をもとめていた」。もうこれだけで分かります、って感じ。「ある一定量の楽音にしかたえられぬ人のように、もう微妙な魅力を聞きわけられなくなった」にはレオンの若さを感じられる。映画と最も印象が違ったのは商人だろうか。結局自殺のひきがねはこれなのだから重要であるに違いないが、存在感が小説よりだいぶ大きく表現されていたようだ。いやはや素晴らしい。こういう厚みのある古典を読んでいると、現代のが物足りなくなっていけない。そうそう、死に方が映画はまるで違ってびっくり。映像重視ですね。小説の文体の美しさを映像の美しさに変換という感じなんだろうか。はあ、小説って面白い、感動。



by kienlen | 2017-01-27 11:14 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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