言論の自由が守られるべき理由に感動

こうして日記を書いていると、自分の生活には決まったパターンが少ないことに気付く。明るくならないうちに寝て午前のうちに起きるという習慣は遵守しているが、仕事はあったりなかったりで、それも在宅だったり現場だったり。自分で調整できるものものあれば、相手の言うなりの場合もある。全く働かない日が続くと安心して(内心は絶望的に不安)、暇暇と言いふらすが、突然ブッキングがだぶったりもする。一方を諦めて、ああ…残念ということも、たまーにはある。連日インドアあり、連日アウトドアもあり。で、アウトドアが続くと新聞がたまる。朝に読みそびれると、夜に読むのも間抜けな感じで翌朝に持ち越す。こうして順繰りに古新聞を読むことになる。今朝は、昨日の新聞を読んだ。で、ひとつ感動的なコラムがあった。

ダグラス・ラミスが、イランの政治哲学者が当局に逮捕されたことに対して釈放を求めつつ、言論の自由をなぜ守るべきなのか、という点を論じている。いいなあと思ったのは、人権など、よく持ち出されるが、近代の発明と言われると弱い概念を使うのではなくて、「私たちが生きるのに呼吸が欠かせないように…話すことは魂の呼吸であり…人を強制的に沈黙させることは魂を殺すことにほかならない」「言論の自由をつぶすことは社会の呼吸を破壊し、社会という生き物の息の根を止めることに他ならない」と、魂の次元で述べていること。これに説得力を感じる人とそうでない人はいると思うが、理屈より直感に頼りがちな私は前者。この人の本で『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』が良かった。○○しないと××になってしまう、と偏狭な道に入ってしまうと、○○でない人は排除される恐ろしい世界になる。そうならないためには、そう思い込まざるを得ないような情報ばかりでなく、他方面の情報も取り込んでいかないとならないと思うが、その意味で、読む価値のある本。古新聞の小さなコラムながら健在ぶりを知って嬉しくなった。
by kienlen | 2006-07-07 23:13 | 読み物類 | Comments(0)

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