中学生達はどこへ向かうのか

ちょっと疲労感がある。支援することになったタイ人中学生がいる学校に行ったところ、近日中にタイへ帰ることになったという。在日期間7か月。当方は、日本語教育の専門家である友人からテキストを何冊も借りたりして準備を整えつつあったところ。なんでまた、である。個別事情を明かすわけにはいかないが、深く考えさせられる話が今日もたくさん出た。そして驚いたのは、中学生の人間観察の鋭さである。なかなか重層的に捉えているようだ。多様な人間関係の中で育つと、こうなるのだろうか、と感じ入った。息子と同年齢とは思えない。帰国の決定は、もちろん中学生でしかない当人がしたものではなく、親だが、そのこともいろいろな角度から検討して自分なりに消化しようと試みている様子が健気である。どの道を行くのがいいのか、誰にも分からない。また、道を自分で選べるとは限らない。一緒に給食を食べて別れた。少しばかりタイ社会の事情を知る者として、できる限りのレベルまで学校教育を受けておくように強調した。

帰宅すると息子が、夏期講習のパンフレットを見せて「ここに行きたい」と言う。しばらく前から「夏期講習に行きたい」と言い出した時は、つい「友達と遊ぶためにそんな所に行くのならやめてくれ」と文句口調になったが、さすがに今の自分の状態をいいとは思っていないようで、勉強すると、口ではいう。今の我が家の経済状態で、このような教育経費は痛い。もっとも各種酒類を私が止めれば捻出できる額であるのが微妙なところで、経済面からのみ拒否するのも少々虚偽まじり。でも高校へ行くのに、ここまでするか、という疑問もあり。でも、教育産業への貢献もいいか、とも思ったり。これからタイへ帰る中学生が、学校教育をどこまで継続できるのか、心もとない。当人に継続の希望があっても、中学だけで終了になる可能性も高い。そうなると、その後の人生をかなり予想できてしまうのが辛いところだ。番狂わせのない社会で希望をもつと自分が苦しくなるだけだ。それで刹那的になる。南国の笑顔はそのせいかもしれない。息子があの子でなくて、あの子が息子でなかったのは何の因果なのだろう。
by kienlen | 2006-07-07 22:10 | タイ人・外国人 | Comments(0)

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