『クワイ河捕虜墓地捜索行ーもうひとつの「戦場にかける橋」』

たまたま通りがかった古本屋で見つけて、古いけど安くないなと思いながらも読んでみたくて買った。1988年6月発行の社会思想社の教養文庫。私はこの年の11月の終わりころにタイに行ったのでだいたいすれ違いな感じだが、その頃はまだ著者で訳者の永瀬隆氏のことは知らなかったし、タイに行かなければあるいはずっと知らなかったかもしれない。泰緬鉄道建設に従事させられた捕虜が大勢亡くなったのはよく知られた話だが、そこで日本軍の通訳を務めていた人がこの永瀬さんで、彼が贖罪のために色々な活動をしているというのをタイで知ったのだった。かといって会ったことがあるわけではない。ただ、どんな人なんだろうと興味をもった記憶はある。カンチャナブリーにある連合軍の兵士の墓を見た時は衝撃だった。名前と共に書いてあった年齢を見て涙が止まらなかった。

その墓地はブーゲンビリアが咲き乱れ、きれいに手入れされていたが、この本に収められた日記を読んで、熱帯のジャングルの中で亡くなった人を葬るってどういうことかを考えさせられた。日記は日本の敗戦直後から始まっている。まずは永瀬さんで、昭和20年の9月22日から。亡くなった捕虜の墓地を探し出して記録するという作業の通訳を命じられたのだ。舞台はもちろんタイ。終戦の安堵感と、捕虜虐待の罪に問われるかという不安感が混じった気持ちのまま任務につく。日記のタイトルが「虎と十字架」である通り、日本人がとにかく虎を恐れる様子がいくらかユーモラスに綴ってあり、そういう日本軍兵士と一緒に連合軍側が十字架を探し出していく様子が生々しい。ああ、ここは…と感じるところに折り目があったりして、どこの誰かも知らないこの本の持ち主だった人に連帯感みたいなのを覚えた。本との出会いもご縁だな。もうふたつの日記がオーストラリア軍中尉とイギリスの従軍牧師のもので永瀬訳。外務省と日本人会への怒りのあとがきで出版の理由が分かる。ここだけ読んでもいいかも。

by kienlen | 2016-12-14 21:29 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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