人の移動にはさまざまな問題が伴う

某中学校に行ったら、まず校長室に通され、次に職員室に案内されて「この机を使って下さい」と言われた。椅子には「○○先生」という名札まで貼ってある。人生も半ばを過ぎて、とうとう昔からのあこがれの教師になる夢が叶った、わけがない。だいたい教職課程を修めてない。性格も向いてない。それでも私はしばらくこの中学に出入りすることになる。理由は、日本語が日常会話レベルもできないタイの子の支援のためで、週に2日間くらい、午前中行くことになった。ただ、私は日本語を教えるのは専門ではなく、せっかく始めた日本語教師養成講座の通信講座も挫折している身。日本語教師の人の方が向いているのではないか、という気もしないでもない。しかし、それ以前に、先生が意思疎通できずに憔悴しているので、まずはいろいろと話してみることにする。

話しながら、しばらく来る意義はあると確信した。とにかく、胸の内を話す場が全くない。言葉が通じるのは、当人に記憶がないうちに日本に来てしまった母親だけ。で、それでも楽観的に考えて母親と話ができたとしても、母親に関する悩みはどうするか。今日はさっそく「お母さんには言わないで」と前置きされた。もちろんだ。こういう事は友達と話すことで、助けられたり助けたりか、現実にそういう縁がないと本にすがったりして、なんとか乗り越えていくものなのだろうが、今の彼女の境遇にはそういうものが何もない。1人で放り出されればなんとかなるだろう、と思わないでもないが、それには家庭の安定はまず必要だと、やけに殊勝になった自分がいた。あるいは、それに代わる場を少しでも用意すること。ちょうど息子と同じ年齢ということもあって、この子が、育った家族と離散して言葉の通じない国に行って、家にも学校にも話せる人がいなかったら…と想像すると、単なる冒険物語で済まないな、と思う。やけに感傷的になりつつ、このところ外国人受け入れ問題が政財界で盛り上がっているが、だったら、この程度の想定内の事態には備える体制作りの検討を即進めるべきだと思った。モノの移動とは違うのだぞ。
by kienlen | 2006-07-04 15:58 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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