すれ違いのダイアリーズ

昨日と今日で、映画館で3本見た。そういえば日本語は映画を数えるのに「本」を使うのはなぜだろう。タイ語だと3話เรื่องで、その方がしっくりくる感じがあるけど。で、今日見たのがタイの映画のこれ。予告編でイメージしていたのは単純な青春恋愛映画で、タイ映画なので観ようとは思っていたけど、それほど期待していなかった。でも、とても良かった。きれいだし、楽しい恋愛ものという以上のものがあるし、いやあ、侮れません、タイ映画。この間の光の墓は表面的にも複雑だったけど、これはあんな複雑さはなくて、面白くて、でも結構考えさせられる。最後がどうなるかの予想パターン、はずれてしまった…。観客3人だけ、長野の皆さんもう1週間あるのでぜひご覧下さい、と言いたい。鑑賞後のすっきり感保証。楽しかった。男の主人公、どっかで見たような顔だと思ったけど、インド映画のきっとうまくいくの主人公に似てた気がする。で、全体のタッチもちょっと何か共通するものを感じた。

原題はคิดถึงวิทยา カタカナ表記するとキトゥンウィッタヤーかな。キトゥンというのは、日本語だとぴったりくるのがないと思うが、タイ人はしょっちゅう使う言葉。英語のI miss 何とかかんとかに相当、多分。こういう言葉、どうして日本語にないのだろう。恋しいと訳すのが一般的と思うが、かといって日本人にとって「恋しい」なんて言葉が普段使いかというと、少なくとも私は言わない。で、ウィッタヤーは、辞書引くと知識、学。大学は大いなる知識だし、この映画に出てくる学校の名前も何とかウィッタヤーだった。よって、知識が恋しいとか学校が恋しいとか、そんな感じだろうか。で、それは多分、映画の内容からいくと先生が恋しいをかけていると思われる。学校が舞台で、それが水上学校というのが、いかにもタイ。遺体が浮いていたりヘビがでたり、それもいかにもタイ。女の主人公の最後の選択が、いかにもタイかというと、うーむ、どうだろう。これだったらいいけど、というファンタジーにも感じられる。でも、いい映画だった。日本語タイトルも原題と全然違って意訳で秀逸と思う。


by kienlen | 2016-06-19 23:05 | 映画類 | Comments(0)

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