『羆嵐』

このところ映像に傾きがちで活字離れっぽい。読みたい本の山は全然低くならない。大著に手を付け始めてはいるが、読み通すには時間がかかるので何か面白くて難しくないものをと思って山を探っていたら吉村昭のこの本があった。たくさんある吉村昭の中からなぜこれを買ったのか覚えていないが、とにかく開いたらもう一行目から引き込まれ、そのままラストまで引き込まれっぱなし。深く感動。涙。北海道の開拓村で巨大な羆に6人が殺され、けが人も何人か出た日本獣害被害史上最大という大正4年の惨事と羆退治の様子をいつものように丹念に細部まで再現したもの。入植に至る過程、ギリギリの暮らしぶり、羆の生息地に入植した人間は格好のエサでしかないという説得力ある描写、羆に立ち向かったかにみえた人間集団のもろさ、女を食べるというその羆の嗜好性のリアリティ。

銃があるから羆に勝てるかというと、そうでもないということがヒシヒシと伝わり、一体どうなるかとハラハラしているところに、暴力的で村の厄介者として嫌われていた本物の猟師が登場することになる。といってもファンタジーや冒険物語ではないのでヒーローのような華やかな登場ぶりとは違い、この猟師に頼むまでの過程でまたそれぞれの人間性がでることになる。人と人のつながりにも展開にも理屈があるというか、ねちっとした心理描写よりも事象の関係性に興味のある者にとって吉村昭は魅力的であるように感じられる。読み終えてからアマゾンの評価をちょこっと見てみたら、吉村昭は乾いた文体や謎解きめいているところがハードボイルドだというのがあり、なるほど納得。どうして好きなのかちょっと分かった気がした。ここで盛り上げて、ここで何か新規参入があってみたいな物語よりも、ヒタヒタとしたさざ波が常に足下をくすぐっているような地味さが好きなのだと感じた。吉村昭のストックはまだある。


by kienlen | 2016-05-28 10:05 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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