光の墓

友だちから「光の墓 見た。難しかったー、×さん見れば分かるかも。映像はきれいだった」というメールがあった。意味不明なのですぐ検索したらタイ人監督の映画だった。知らなかった。それだけで行くことに決め、一体どんな内容なのかはいつものように知識なしで見ることにした。それにしてもタイの映画をなぜ見たのか、タイには縁もゆかりもないその友だちに聞くと評判が良かったからとのこと。これも知らなかった。夜の部に行くことにして、その前に市川崑の「炎上」を見てから続けてこちらを見た。タイ語の勉強に、などと思っていたらイサーン語で始まった。つまりタイ東北部の方言。夫もそうだし周囲のタイ人も多いので聞いているとはいえ、分かるかというとあまり分からない。で、東北地方が舞台というだけでタイにおいては意味がある。そうそうちょうど日本の東北地方の位置付けと似ている。後でこの町がコンケンだということが分かる。あそこね。

ひじょうにゆっくりとした始まり。このテンポは好みがあるかもしれないなと感じたけど、タイの様子なのでめいっぱい見たくなる者にとってはちょうどいい。元小学校を使った簡易な病院の大部屋に大勢の兵士が横たわっていて、彼らの病気は眠ってばかりいるというもの。時に目は覚ますがまた突然眠りの世界にいってしまう。そこにボランティアの付き添いとか眠っている人を代弁できる女性超能力者などがいて、だんだん分かってくることには、この小学校はその昔王宮のあった場所に建てられていて、その王宮では眠っている兵士の魂をもらって今も戦いを続けているとのこと。輪廻転生、仏教、アニミズム、現代社会の孤独とか自然の喪失とか消費社会とか、月並みにいうとそんな要素を色々と感じ、タイモダンな印象だった。瞑想のところも、なるほど。このあたりは西洋人が見るとエキゾチックで魅力的に感じるのではないかと思う。生と死の境、過去と現在の境、眠りと覚醒の境の曖昧さみたいなところも。

タイを知らない人が見てどう思うだろうかと感じたところはいくつかあった。村人を集めて化粧品のプロモーションの場面など「イサーンの女性の悩みはよく分かります」みたいな言い方しているが、タイ人ならここですぐに色の黒いことと鼻の低いのを連想すると思う。するとやはり美白化粧品のようだった、売り込む女性が、タイ語の中にイサーン語を混ぜて笑いをとるのは、字幕だけでは分かりにくいかもなと思った。それから、超能力者の女性が眠っている男性になり代わる場面では、パッと男性口調になるのもタイ語が分かるとすぐに分かるが、そうでないとうっかりして訳が分かるまでに時間がかかるかもしれない。タイ語は言葉遣いが女性と男性で異なるので、声色を変えなくても分かるのだ。もっとも日本語も「僕」になるので分かるけど、こういうのって英語とか中国語だとどうするんだろうか。などと考えていると抽象度の高い物語についていけなくなりそうではあるが、途中で何ともいえない涙が出た。柔軟で何でも受容する感じがいかにもタイっぽい。ひじょうに良かった。タイ映画がんばってほしい。それにしてもこういうマイナーな映画を地元で見られることに感謝。観客は2人だった。タイに行きたくなったな、年内の長期滞在を目指したい。
by kienlen | 2016-05-25 00:34 | 映画類 | Comments(0)

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