サウルの息子

友だちの勤務先の会社のロビーでお茶を飲みながら話していたら、別の友だちが近づいてきて何を言うかと思ったら「この間、試写会で見た映画どうだった?」だった。その試写会の会場でバッタリこの友人に会っていたのだった。その映画が好きだったらすぐに応答したのだろうけど、そうではなかったので逆に「どうでした?」と聞き返してみたら「ツボにはまっちゃったねえ」ということでひじょうに高い評価だった。その理由をきき、そこが面白いというのは理屈では理解できたが、だからといってその映画が好きかというと言えない。それはもう感性なのでどうしようもない。ついでにあれ見たかこれ見たかという話しになり「サウルの息子」もでてきた。「見ました。辛かった、キツかった」と私が言うと「それなのによく見るよね。もうこの歳になると楽しめないのは見たくない」とのこと。もちろん彼は見ていない。娯楽の要素がなさそうなのはパンフレットだけで分かる。

「ナチスの関係は一応読んだり見たりしてきたし、この間アウシュビッツに行ったこともあって…」と、見たことの言い訳をなぜかしている自分。キツイと感じた映画はたくさんあるけど、これはその中でも突出していた。収容所では遺体処理をするのも収容者が行っていて、サウルという主人公はその役割。数か月間役割を果たすと殺されることになっている。ガス室で奇跡的に死にきれなかった男の子がいて、その場合は解剖されることになっているのだが、サウルはその子を自分の息子だと言い張り、ユダヤ教の教えにのっとった正規の埋葬に執着する。これがいかに危険な執着であるかはもう本当に見ていてキツイ。最後の最後になるまで大きな場面展開はなくて延々とキツイ。ということは考える時間もあるということで、そのせいか見終わってしばらくたってから印象が強烈になっている感じ。ユダヤ人に関してもっと知っていたらもっと深く分かると思うが、それでも現場を見たことがあると、ここでこうして写真を撮ったことが残っていたのだろうかとか、小さな積み重ねが歴史になっているのを感じることはできた。生きるということのために自分が何を必要とするかという時に幻想の息子だったんじゃないだろうかと自分には感じられた。うん、見ている時より今になってジンとする。

by kienlen | 2016-05-08 11:36 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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