娘来て息子帰る

昨日の深夜、娘が帰省し今日の早朝息子が帰った。息子はでかくて娘は小さいので、物理的にはこじんまりしたが、どよんとした息子に比べると娘は元気なので当方のエネルギー消耗量は別の方向に同じくらいな気がする。年末年始にすっかり仕事から離れ、掃除ができたので気分はいいが、すぐに切り替えて復帰というのでもなく、今日は1日苦しんだ。苦しんでもどうにもならない種類のもの。ああ。娘が事務所に入って来て本棚をじいっと見ているので集中できない。人が近くにいるとダメなのだ。出て行ってくれと頼んだが、隙を見てはまた来ていた。息子だったら最初から寄り付かないのに、きょうだいって正反対になるものなのだ。それは多分、下が上を見て自分の位置を無意識のうちに調整するからのように思われる。夏目漱石の『行人』で一番感じたのはそのことだった。

夕方、弟の家に集まることになっていた。彼は食品関係なのでいつも飲食物が豊富にある。食べて飲んで、ビールの土産ももらった。父からは野菜とりんご。みなさまのおかげで生きている。そしてこの弟と自分もまるで違う。彼は本を1冊も読まない。タイ料理は嫌いである。子育ての姿勢もまるで違う。何から何まで違う。こうして家族と時間を共にすることは年に1度あるかくらいのものなのだが、だいたいいつも気分が沈む。その原因は分かっている。長居せずに引き上げ、娘と書店をぶらぶら。しかし画一的な行動様式であること。戻って仕事の残りを片づけた。少しほっとした。





Commented by jun at 2016-01-04 06:56 x
家族という単位で収まっている方が、だんだん古典的になっている気もします。年老いていく親は家族というよりも、死で分かたれるまでの親と子という関係であり時に呪縛のようでもあるし。また、家というまとまりではなくて「座」のような「場」であり、自由に出入り出来る所であってもいいのかなと思う昨今です。うちの関係でも、ふうてんの寅さんのような人も何人かいますし。
新年は、善光寺門前の紙コップで200円の名物の甘酒が一番美味しかったです。ぱりぱりの海苔でその場で包まれた味噌お握りも美味しそうでしたが次回の楽しみに。
Commented by kienlen at 2016-01-04 09:21
junさん、年老いた親が座だったり場だったりって、確かに。でも自分がそこまで生きたとして、座でも場でもなくなるような気もしますね。自由に出入りするには最低限の場がないとならないのに。私もそろそろ初詣行こうかな。
by kienlen | 2016-01-03 22:52 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る