あの国境は今どうなっているのだろう

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パソコンの動きが鈍くなっているなあと思っていたら、容量不足とかいうメッセージが出て、強引にやっていたらフリーズして働かなくなってしまった。来週早々に、某大学で1コマ話すことになっていて、パワーポイントにたくさんの写真やら図やらを突っ込んでいたせいだと思う。1回だけで話すとなると、あれもこれもと欲張りたくなって収集がつかなくなる経験はあるので、なるべくシンプルにしようと思うが、これを言うためにはこれを説明しないとならないし、こういう面はあると思うけど、こっちから見ればこうだし、と考え始めるとキリがなくなる。要は何を捨てるかで、慣れていることだとその判断を迅速かつ的確にできるのだろうが、慣れないことをするのはものすごく時間がかかる。このために、昔、タイにいる時に撮ったスナップ写真をたくさんスキャン(デジカメはなかった)したのでこっちにもアップしてみた。これはカンボジアとの国境で、2歳か3歳の息子同伴で遊びに行ったので、多分93か94年頃だと思う。

観光旅行というのは、ほとんどしたことがないし、何かにマニアックになるような性格ではないので、国境に興味があるからといって国境マニアにはなれないが、島国の人間だからか、どっかに行くとすれば国境に行きたくなった。夫の実家のある県はラオスとカンボジアに接していて、駅に下り立つとクメール語が聞こえてくるし、夫の母語はラオス語である。写真の国境までは確かその実家に行った時に足をのばしたのだが、ちょっとのばすのかと思ったら人の気配のない道を延々と走ることになり、実はあの時は内心覚悟をした。左側は針金の防御と「地雷」と英語とタイ語の注意書きの連続。ここで賊に襲われたところで自己責任であるが、息子はまだ生まれて間もないからかわいそう。でも、なんとか無事に国境に到着すると意外に賑わっていた。でも地雷原の中の限定された場所であることは、ちょっと見には美しい林の中のいたるところに地雷を喚起する看板があったので分かった。カンボジアとの国境は政情によって開いたり閉じたりするので、地元の人から情報を得て行った方がいい。夫がタイ人であるという事情がなければ、もしかしてなつかしい思い出になっていたかもしれない。あそこ、今はどうなっているか、は、ここにいても日常感覚的な関心事である。パソコンの容量オーバーのおかげで寄り道をしてしまった。
by kienlen | 2006-06-01 12:49 | タイの事と料理 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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