『カンボジア・運命の門』

かなり時間がかかった。決してすらすら読める文体でも内容でもないから。詩的でレトリックが多くて、日ごろそういうものに触れてないなということを感じて寂しい感じもした。しかしこのような体験を振り返って書くのに、これ以外の方法はないだろうなとも思う。サブタイトルが「虐殺と惨劇からの生還」。著者はフランス人で魅力的な国カンボジアで仏教の研究をしていた。その時、クメールルージュが勢力を拡大していて、アメリカのスパイ容疑で拘束される。この間の緊迫感といったらない。こうして著者として自伝を書いているのだから結果的に助かったということは分っているのに、それでもハラハラ。後で、ここで助かったことがいかに奇跡的だったのが説明されている。そしてクメールルージュによる「解放」。この時の首都の様子は、カンボジア人の体験談を聞いたり読んだりしたことがあるので、今回、フランス大使館からの視点を読みながらそっちと重ねて想像していた。

運命の門というタイトルは、この大使館の門のことのようだ。殺到する人々。でも全員を受け入れることはできない。著者は通訳としてクメールルージュとやり取りする。これまで読んだ他の人の体験よりまだマシ(比べられるものでもないけど)と感じられるのは、言葉が通じる、というか少なくとも起きていることが一応分かること。これはフランス人との交渉相手ということで、少なくともそれなりの地位があって言葉を持つ人だったからだろう。ただ、そのことは生還者としての後ろめたさにもつながるだろうから、苦しみに関して軽いということはないだろうけど。タイ国境まで到着しながら、引き戻された人達の運命は、説明がなくても分かる。ジョン・ル・カレが序文を書いていた。著者に執筆を勧めたらしい。おかげで記録が残る。貴重だ。フランスでは大変な話題になって受賞も多かったそうだけど、日本ではどうだったんだろう。私は図書館でたまたま見つけただけ。自分を助けたに等しい人物が、大量の人々を拷問して虐殺した刑務所の所長をしていて、何と後に再会を果たすとは。運命の門はあちこちにあるということか。

by kienlen | 2015-01-25 21:06 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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