あの米原万里が…

出たり入ったりしながらも全体としては朝から晩まで外にいた日。帰宅してメールをチェックしたら友人からの「米原万里が死んだ。56歳という私達とそう違わない年齢。もっと意見を言って欲しかったのに元気がなくなる」という文面のがあった。驚いてネットのニュースをチェックしたがなかなか見つからず、間違いであることを願って電話したが、確認しただけだった。この友人とは昨年、米原万里の講演を聴きに行ったし、お互い彼女のエッセイが好きなので借りたり貸したりしていた。電話でどちらともなく「世にはびこっている問題の人々じゃなくて、なんで米原万里なの」と言い合った。あんなにユーモアと皮肉にあふれて核心をつくエッセイストが1人減ってしまうとは、実に残念。自覚もなく不条理劇を演じる人々に「それ、ちょっと違わない?」と舞台の裾から冷静に言ってくれる貴重な声がまたひとつ消えたような感じがする。

エッセイというと、日常の何気ない一場面を綴るというイメージがなぜだか浮かんできて(これは私の思い込み)、そういうのは興味がないので普段はほとんど読まないが、米原万里は別格だ。『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で、私は自分の知らないことをいろいろ学ぶことができたし、何より、途中でやめられなくなる面白さと、それから、このひねったタイトルが象徴するような重層性が頭の芯のところを刺激してくれる。ギブスの上から掻いていたのを、叩き割ってから掻いたような快感を得る。私は彼女のエッセイをお風呂に常備している。お湯に浸かって読むには、濡れて本がいたんでも惜しくない文庫で、章ごとの独立性があって、難解でなく、深く味わう文学のようなものでもなく、あまり熱くなるものでもなく、絶望的になるものでもなく、となると雑誌を除いてはエッセイなので、イコール米原万里。今は『ロシアは今日も荒れ模様』があるが、これは笑いが止まらない。続きを読みたくて風呂から持ち出すこともある。昨年の講演もとてもいいものだった。書いたものがいいから実物がいいとは限らない中で、貴重な人だった。
by kienlen | 2006-05-29 21:22 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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