『にぎやかな天地』

若い頃、友だちになれるかなれないかの基準は、別に意識したわけではないが、本を読む人かそうでないかだった。待ち合わせ場所を本屋にしたら、長時間待つのもいいし、例えすっぽかされたところで気にならない。気が向いたら会おうという感じの待ち合わせもあった。話題も本なら尽きない。喫茶店で向き合ってお互いに読書で平気。逆に言うとそれ以外の話題がないのだから、当然友だちは少ないというよりもあまりいない、できるわけがない。年を取ると、相変わらず世情には疎くても日常生活の幅は広がるので本以外の話題もあるようになる、それでも狭いことは狭いけど。何が言いたいかというと、本のことを話せる友人などひじょうに少ないということ。そういえばこの間、今の時代などもっとそうだろうなと思って娘に聞いたら「本は好みが全然違うから話題にしない」ということだった。よって一般的な話題もカバーするそうだ。自分にはそういうセンスがない。

という中でたまたま好みに接点のある友人がいると感動する。そういう貴重な友人と宮本輝の話をしたことがなかった。自分も長いこと読んでなかったし、でも好きだったことがあったことは確かでこの本をその友人から借りて読んだ。小説の感動というのはノンフィクションだとか評論のような感動とは質が違って、岩の中の水脈みたいな感じで染み入ってくる。これは大変に良かった。金に糸目をつけない豪華本ばかりつくっている編集者兼ライターが主人公と聞いた時に「そんな理想的な設定だったらいいでしょうよ」と思ってそれほど興味をもったわけではないが、浅はかこの上ない直感を誰にともなく詫びたくなりました。涙を落とさせてしまうと溜まりが少なくなる感じがあるだろうけど、落ちないところで維持させることで内部の溜まりをそのままに感情の膨らみを大きくするんだな。いやはや、良かった。宮本輝の、別のも読もう、でも注文した本も積んである…。

by kienlen | 2014-09-18 08:56 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー