ついでに「脱いだ靴をそろえる運動」について

あいさつ運動の出動については①無断で休んで、もしも何らかのリアクションがあったら面白いから事実上強制の根拠を聞く→今までの経験から推測すると可能性は限りなくゼロ。そんなに大切な活動であればサボった人に自信をもって文句を言えばいいのに言われたためしがない。とはいえ、影の声は知らないが。②このブログに記録するためだけに出動してみる→気絶はしないと思われるので勇気がいるが、試す価値があるかどうかは一考の余地あり。③出動できませんと、青少年育成担当者にあらかじめ伝える→この方が面白い反応があるかもしれないが、末端の自分にとっての直属の上司が誰か不明。幹部発信だろうが、育成会経由なので、担当者は伝達役割のみだろうから徒労か。以上、3つの選択肢が考えられる。しばらくの猶予があるから検討することにして、ここにあるもう1枚のピンクの紙について記録することにする。

「脱いだ靴をそろえよう!」がタイトル。「この運動が、子供たちの豊な心を育てます」がサブタイトル。「地区住民の皆さんへ」としての説明の要旨は以下、と言いたいが論理性なく理解不能なので、自分がゴーストライターになったと仮定してみる。脱いだ靴を揃えると非行も性的被害もなくなり、家庭は健全、地区の諸活動もなごやかになる…。毎年この紙が全戸配布されるので説明を求めたいと思うが連絡先がない。バンコク在住時に仕事の関係でラオスに何度も行った。ラオス語は分からないが街中にプロパガンダ(らしき)看板があって、稲穂を抱えた家族らしき人々が微笑む図柄から「一致団結明るい家庭」なのかと想像して、多分こういう国には住めないと思ったものだが、現在の日本の某地区で展開しているのは、ラオスでの想像ではなくて日本語で理解できる全体主義だ。ロボットのように脱いだ靴を揃えて、毎日オートマチックテラーマシンのようにあいさつする人を育成することが「青少年がたくましく未来に向かって前進できるように努力する(文面より抜粋)」ことなのか。靴を揃えるのも挨拶も、もちろん気持ちがいい。でも、それと非行が結びつくという短絡的な発想を流布させることで思考停止をうながして良しとするのは、もっと罪ではないだろうか。
by kienlen | 2006-05-25 01:22 | 地域 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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