拡大解釈なしの楽しみに出会えない

突然の仕事の依頼で往復数時間を要する市へ行く。実際の仕事時間は僅かで待ち時間がほとんどなのは経験上分かっているので、小旅行にも使えるボストンバックに時間つぶし用品を詰める。といっても新聞と本だけ。その時どういう求活字気分になるか分からないので、単行本と新書と雑誌を持参。重たいが我慢。外出準備OKで玄関のドアを開けたら『世界』が郵便受けに届いていたので封筒に入ったままついでに持参。電車の中で新聞を読み、仕事先で結局『世界』を読み始めたら、他に持参したのがただの重たい荷物になってしまった。何時間も待ったので割と進んだ。どれも読み応えはあるが、今月から始まった短期集中連載が特に面白かった。このコーナーの前回は佐藤優のでやはり面白かった。佐藤優は2冊読んで、先日はこの佐藤+宮崎学の『国家の崩壊』というのを書店で見つけてしまい、この2人のを諦めるわけにいかずに購入。もちろん未読。この間、知り合いにばったり会って、そういえば彼はロシアに最近まで赴任していたことを思い出して「佐藤優が好きなんですが」と言ったら「ああ、あっちにいる時に会ったよ。ヘンな人好きなんだ」と言われた。著作がであって、面識があるわけでもない著者を好きになりようがない、ということまで説明する時間はなかった。

さて、その短期集中連載のタイトルは「テレビ国家-権力のメディア的変容について」で、著者は私の知らない人。石田英敬という東大の先生。まず提起されているのは、政治の成立条件がメディアとの関わりで大きく変化している、という問題意識。これは私達一般庶民が多く感じていることだと思うし、あちこちで論じられているようだが、私などが目につく範囲でストンと胸に落ちるものに出会えずにいた。テレビ国家について「暫定的な内包的定義」としての説明は「テレビを中心としてメディアが編成された現代のコミュニケーション社会において、近代民主主義の政治的代表制をバイパスするかたちで、メディアを通して世論の支持をとりつけ、権力を正当化することを政治過程に組み込んだ政治権力による統治の形態」。乱暴に言うと、これまで官僚の作文によってなされていた政策決定が、政治家のパフォーマンスに移行する、ということだ。論理や法律よりも感情やプレゼンテーション。「そこから生ずるのは、立法主義や立憲主義の原則をないがしろにする傾向」とある。今月が初回。次号からの展開が楽しみだが、タイ語で言うところのサヌック(心地よい楽しさ)ではなくて、超拡大解釈のお楽しみ。
by kienlen | 2006-05-10 22:45 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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