生まれたからには生きてやると思った朝

ベッドの中でCIAの本を読んでいたら電話が鳴った。「○さん死んだよ」という友人の声。○さんとは2回会っただけだし、それも偶然なので、こっちが知っていても先方は知らないかも、程度の個人的関係しかないが、40代の死というのは、重い持病があったとか交通事故など以外は何かすっきりしないものを感じてしまう。数年前に、もっと親しかった知人の死をやはり友人からの電話で告げられた時も同じだった。どうしても「なぜ?」という言葉が出てしまう。死の原因を当人が作るわけでないにしても。でも、その疑問を抱くのが私だけでないことは、告げてきた友達の反応も同じことから分かる。

いくら不確実な時代でもたった1つの真実は、皆いずれ死ぬということで、私も「いずれにしろ死ぬんだから」と言い聞かせることで精神の安定を図るのが常である。オランダの安楽死についての本を読んだ時は、日本でも安楽死が認められればいいと思い、この場で死ねたら楽になると思う時もよくあるが、かといって不治の病を宣告されたら、ほっとするのではなくてジタバタすることは確実。矛盾の中で生きているわけだが、生きるというイメージは私にとってはすごく積極的なものというよりは「生まれたからには生きてやる」というブルーハーツの歌詞のようなイメージ。生きてやる、と思える要因を内に外に探し続けること。これこそが生きるということか。がんばろう。○さんのご冥福を祈って…。
Commented by tomo at 2006-05-08 16:46 x
知り合いの死はこたえます。なぜ生まれてきたのかに答えがないように、なぜ死んだのかは周囲にはさらに闇の中です。私も「生きてやる」の境地になりたい。
Commented by kienlen at 2006-05-08 23:45
これに関しては答えを求めようなどとせず「生きてやる」のみでいくしかなくないですか。
by kienlen | 2006-05-08 11:21 | その他雑感 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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