国力の差が個人を左右する

友人宅の持ち寄りパーティーに行った。相変わらずバレーの試合に時間を費やしている息子に付き合っていると娘が退屈するので彼女を連れて行く。集まったのは、カナダ人とアメリカ人カップル、オーストラリア人、日本人カップル。オーストラリア人といっても両親がロシアからの移民で、当人も7歳まではモスクワ育ちということなので国籍は知らないが、いずれにしろ、全員英語を教えている人々。オーストラリア人女性は、6月にタイへ行き、それからモンゴルに行き、それからロシアに行き、それからイスラエルに行くのだと言うので「楽しそうですね」と言ったら「恵まれていると思う」と認めていた。バンコク在住時に、マレーシアからの列車でフアランポーン駅に帰り着いた時、いきなり知らない白人女性から声をかけられたことがある。「バンコクで英語を教えたいのですが学校を知りませんか」と。確かオーストラリア人だった。こうして英語を教えて稼ぎながら旅して歩いている人口は相当いるんだな、とその時に感じ入ったものだが、今日もそれを確認することになった。

私がいくら日本語が上手だって、それだけで旅先の各国で日本語教師の職を得られるほどの需要はない。タイ人がタイ語が上手だからといって、日本語以上に需要がない。それどころか、タイというだけでビザ取得自体が極度に難しい。タイ人というだけで書類もパスポートも偽モノだろうと、まずは疑われる。私の夫にもそういう経験があるので分かる。知り合いのパキスタン人はテロリストとつながりがあると疑われるということなので、それよりマシかどうか知らないが、いずれにしろ、外国に出る時にモノを言うのは個人の力よりは、国力、国籍である。私と夫が熟年世界旅行をするとしたらやっかいなことになるだろう。日本人ならノービザで入れる国々でもタイ人はビザが必要で、さらに審査も多分厳しい。どっかの空港で別れ別れになるかもしれない。こういうことは厳しくされる立場にいないと分かりにくいらしく、例えば不法滞在者を特別な存在のように思う人もいるが、単に滞在資格が発給されるかされないかの相違である。日本だって経済力が衰えて外国から門戸を閉ざされる日が来ないとも限らない。英語で放浪しながら優遇される人と母国で食えない人。機会は平等ではない。
Commented by yumiko at 2006-05-06 21:48 x
本当にそうですね。人間、おぎゃーと生まれたその瞬間、すでにあらゆる不平等のもとにある。今回、興味深い事例として新たにアメリカ人のワーキングビザのスポンサーをします。生まれも育ちもアメリカはカリフォルニア、健康で美人の26歳。ここまでだと日本では、言語的、出身国的強者なのです、が、両親は中国人。金髪碧眼であれば難なく得られたはずの仕事をすでに逃している、わが同胞とまったく区別がつかない彼女はこれから日本でどんな経験をするのか大変に興味深いです。そもそもビザが発給されるかどうか。 入管の窓口で彼女は民族的に中国人としてか、あるいは国籍からアメリカ人としてか、どのような扱いを受けるのかと思います。ある日突然、今まで見向きもされなかった言語が世界共通語となり、英語しか話せないノモリンガルが四苦八苦したり、あるいは、ある日突然言語の壁が消えてテレパシーのように誰とでもコミュニケーションできるようにならないだろうか、などと妄想しつつ英語を教える今日この頃です。
Commented by kienlen at 2006-05-06 23:02
貴重なコメントありがとうございます。以前に、英語ネイティブでない白人が英語教師に採用されて、英語ネイティブなのに白人でない人が不採用だったという話を聞いたことがあります。さすがに今はそんな事はないと思いますが…。彼女のその後をまた教えて下さい。言葉によらないコミュニケーションで通じるようになったら本当にいいですよね。
by kienlen | 2006-05-06 20:09 | タイ人・外国人 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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