『僕はパパを殺すことに決めた』

サブタイトルは「奈良エリート少年自宅放火事件の真実」。草薙厚子著。昨日図書館でたまたま見つけた。確か、供述調書を入手してそれをほとんどそのまま引用し、情報提供者がバレてしまってその人が逮捕されたか何か、相当な騒ぎがあった記憶はあるが事件そのものについてはほとんど何も知らない。そして、この著者の本は読んだことがないと思う。しかしエリート少年というのもすごい表現だな、とも思って借りてみた。夜ビールを飲んだらクラクラしてきて、早く寝て早く起きようと思い、寝床でちょっと読むか程度に思っていたのに結局最後まで読んでしまった。まず前書きでこの本を出した理由について著者が考えを述べている。つまり、少年事件は騒がれるきりじきに忘れられてしまう。裁判も公開でなく、事件の真相が明らかにされないまま、センセーショナルな報道が一時的になされるばかり。真実を知らずに教訓にもできない。供述調書引用の形での出版にはためらいがあったが、遺族の方が事実でないマスコミ報道に傷付いており、彼らから真実を知りたいという切なる願いもあり決断したということ。

放火した高校生とその父親の供述調書がほとんど。そこに周辺の方々の供述調書や取材での話が入り、著者による説明というか考え方みたいなものが挿入されている。内容は衝撃的で吐き気がした。息子を医師にするため必死で勉強させる父親と、その暴力にだんだん追い詰められていく息子という、比較的単純な構図。単純なだけに、一体何なんだ、と愕然だった。理不尽なこと、不可抗力のことが重なって不幸な結果になるというのなら、人の意思を超えたものを感じてある意味しょうがないと思えると思うが、ちょっと発想を変えれば、こんなことのためになぜ人が死ななくちゃならないのだ、という世界。そしてこういう虐待を見つけるのは本当に難しいのだろうなということは感じる。父親にすれば良かれと思ってやっているわけで必死なのだ。そして亡くなったのは少年が殺したい人でも何でもなく逆に彼にとっていい存在だった義母と小さい子どもたちだ。事件の前後に少年が不可解な行動を取るのは広汎性発達障害ということで著者は説明している。しかし放火なんかした後で理解できない行動を取るのは不思議じゃないんじゃないかな。人ってそんなもんではないか。供述調書なので、計画性を執拗に強調しているように感じられてならなかった。著者はその点は素直に捉えているようだった。
by kienlen | 2013-08-27 15:21 | 読み物類 | Comments(0)

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