『食卓のない家』

円地文子著。1979年に発行したものを佐高信の監修で「戦後ニッポンを読む」というシリーズが読売新聞社から出ていて、その中に入っているもの。それが1997年刊。何かを読んでいる時にこの本の存在を知り、ものすごく興味をひかれて調べたら図書館にあったので借りた。かなりボリュームがあり、時間かかるかなと思ったけど、あまりの面白さに止められず、かといって一気読みするほどの余裕もなく、3、4気というところ。で、実は読み始めてからも、何でこれに興味を持ったのかを忘れていた。呆けていると本当に思う。始まりがいきなり事件でもなくエンターテイメント性にも乏しく、何だったかなあと思っているうちに思い出した。浅間山荘事件で立てこもっていた連合赤軍の若者のうちのひとりの父親が、成人した息子の責任を親が負うのはおかしいといって謝罪せずに大変な非難を浴びたというのが、私が興味を持った理由だったのだ。かといって、この本はノンフィクションではなくて全くの小説だ。視点は、登場人物のほとんどすべての間を移動し、感情描写もそれぞれに丁寧で高度。

円地文子は名前や代表作のタイトルは知っているが、読んだことはないのかもしれない。とにかく驚いたのは、内容の普遍性というか、つまり何も変わってないじゃないかということ。それぞれがそれぞれの思惑で世間だとか世論を利用して無責任な言説を垂れ流すことや、組織内の抗争や世代間のギャップや、個人と社会の関係や自立とは何かや、マスコミの問題や、それにもちろん男女の関係は似たようなものではあるが、家族って何や、そもそもこのタイトルが象徴しているのだが、食卓を囲む家族なんてそんなにないよ、みたいな下りがこの時点でもう出ているんだもんな。自分の年代というのは、この小説の中で、最近の若者はという感じで見られている年代である。それを思いながら、自分が今、ここに登場する大人達の年代、つまり成人する子を持つ年代になっていることも思いながら読むと、というか、意識しなくてもそういう読み方になるのだが、深く深く物語の中に沈んでいきそうだ。全身で堪能できる小説だった。古本でタダ同然で入手可。手元に置きたいと思うくらいだけど、本増やしたくないしな。我慢。古本以外で手に入らないというのも残念。
by kienlen | 2013-05-08 11:03 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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