しだれ桜の下で思い出すこと

部活に行く息子の弁当を作って、少しは仕事の構想でも練ろうか、しかしやる気にならない、とグズグズしているところに、知り合いの僧侶から、寺の桜が満開で陽気もいいのでお花見に来ないか、という誘いの電話があった。息子を除く3人で出かけることにする。小高い丘からしだれ桜越しに望む光景の中には、オリンピック関連で開発が進んだ新興住宅地や道路が多い。新幹線のコンクリートが一直線にそこを貫いているのが目立つ。お坊さんとビールを飲みながらそんな景色を眺めていたら、いかにも外国人風の一行が通りがかった。花見では外国人をよく見かけるなあ、と考えていたら声をかけられた。その一行はインドネシアの現及び元研修生達で、その中の1人の妻で日本語教師をしている知人が声の主だった。全然日本語ができないベトナムの研修生が来るようになっていて日本語を教えている、等の新しい話を聞く。日本人男性とタイ人女性の家族とも会った。

日本のサクラはタイ人達の間でも有名だし、もともと外で食事する習慣があるし、食事は大勢で食べるのが好きなので、お花見とタイ人は親和性が高いといえる。数年前までは一緒に花見をしたり、偶然出合って合流ということもあったが、このところそういう機会はめっきり減ってしまった。タイ人の絶対数が減ったことが要因としては一番大きいと思われるが、リーダー的な存在がいなくなったことの影響も大きい。その点で印象に残っているのはチットというタイ人男性だ。在日タイ人協会を作って会長に就任にしようか、とも言っていた。グラウンドを借りてサッカーの試合を組んだり、花見などのイベントにはリーダーシップを発揮していた。各地を転々とする間に危機一髪で摘発を逃れたり、車を運転中に何度か検問にあったのに無事だったことから、このままいられるような錯覚にも陥っていたようだったが、とうとう入管の摘発で強制送還されたのが4年ばかり前だ。ビザの発給こそは、個人よりは国家の問題で、不法滞在者をどう扱うかは入管や警察のその時の方針に左右されるのだということを10年間つくずくと感じてきた。花見の頃は一時期の賑わいを思い出して感慨にふけったりする。サクラ越しに見える開発地の片隅でタイ人も働いていたことは確かだが、用事が終わった今、その人達のほとんどはもう日本にいない。
by kienlen | 2006-04-23 23:15 | タイ人・外国人 | Comments(0)

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