『自伝アントニン・レーモンド』

これは図書館で借りた本。面白かった。ライトとかコルビジェは、建築の世界を知らなくても名前くらいは知っているほど有名だろうけど、レーモンドがどうなのか、少なくとも私は知らなかった。周辺に聞いても似たようなものだった。ただ、名前を知っている、知らないなんてどうでもいいくらいにこの自伝は面白かった。チェコで生まれ、中世的な雰囲気の中で暮らす様子が、じわじわと感じられ、それから夢を抱いてアメリカに渡り、同じチェコ人とたまたま知り合い、その紹介で建築設計事務所に勤めることができて、生涯の素晴らしいバートナーとなる妻と知り合い、そのツテもあってタリアセンという場を作っていた、まだそんなに有名じゃないライトと知り合って、彼の主宰するタリアセンに住むことになる。そこに帝国ホテルの林氏が夫妻で訪れ、レーモンドはこの日本人の所作から何からに感銘を受ける様子なんかも面白い。で、ライトと一緒に帝国ホテルの建築のために来日。その4日前に帝国ホテルが火事になり、予定以上の仕事ができて、竣工という日に関東大震災。気に入った日本にいついて太平洋戦争の少し前までの日本と日本人の描写が、ヨーロッパで生まれてアメリカにいた芸術家の目を通すと、なるほど興味深い。この異国との距離感が、何か自然というか、素直というか、冷静というか、このあたりが私は面白いなと思った。できすぎていないというか、だから多少の不快感を残してくれる。

もっとも、この内容で活字だけだったらどうなんだろうか、というのはちょっと分からない。ここまで面白いと感じただろうか。割と入り組んだ話だし、ちょっと前後関係の分かりにくい部分もある。でも建築家だから作品の図面、写真があり、そして何よりもスケッチがたくさんあり、それが感じがいい。絵を売ることはしなかったそうだが、絵が本当に好きだったそうだ。それとデザイナーをしていた妻の作品も。大判の本なので机上で読むしかなく横書きも読みやすくはないが全体として楽しい。こういうのはデジタル化では得られない本の楽しみと思うけど、まあ将来はどうなんだろうか。それで内容の続き。帝国ホテルがさんざん批判され、その批判とそれに対するレーモンドの反応がある。これも面白いが、開戦前に日本を出て中国やらインドやらを経由してヨーロッパに行き、渡米してアメリカ人として戦争に協力し、その後また日本に来た時の衝撃を受ける様子が素直。素直さと皮肉と辛らつさと怒りとか色々入り混じり方がいかにも芸術家という感じ。ともかくそうして膨大な量の建築物を日本で手がけることになる。建築という専門的な立場から見られなくても、日本文化論とかヒューマンドキュメントみたいな点でも、何しろ生きた時代が時代で、場所が場所だけに興味深い。父もきょうだい全員も、ドイツ軍のチェコ侵入で行方不明になったり殺されている。戦後の日本文化への失望ぶりがすごくて、でもその先に必ず戻る原点があるみたいに感じているあたりは、修羅場を生きてきた人ならではなんだろうか。必要な箇所に目を通そうと思ったくらいだったのにあまりの面白さについつい耽読してしまった。これはこれで好ましいとはいえない状況だ、逃避だろうか。
by kienlen | 2013-03-09 09:07 | 読み物類 | Comments(0)

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