親子関係における言葉の重さ

息子が2泊3日の修学旅行に行き、娘と2人だけの夕食だった。娘のみが祖父母宅に長期連泊することはよくあるので逆はあるが、今日のようなことは珍しい。あまり脈絡はないものの比較的おしゃべりな息子に比べると、話し始めるのも遅かったし無口な方だったが、このところ、その分を取り返すように発話量が増えた。今日は学校の様子を伝えていた。メインは英語の授業の様子。小学校でもとっくに取り入れているところが多いから遅い方かもしれないが、教育方針がめまぐるしく変わっていることだけは感じられる。今年赴任してきた先生方の中で、唯一の新卒の先生が担当するとのことで、犬のポチを使うとか、AからZの中で日本語と違う発音の再現など、細部の描写も明瞭である。なんとおだやかな食事風景。経済的困難は別にして、最も平和な家族形態は「母1人娘1人男っ気なし」であろうという仮説を私はもっていて、離婚してその形態をとっている友人に確認したところ認めていた。もっとサンプルを収集して実証してみたいものだ。

さて、息子の場合だと、1章分聞いたら混迷が深まるだけなので、ほとんど1~2文(ただし文の体裁になっていれば)ごとに質問をはさまないとならないが、娘の話にそれは不要。でもただフンフン言っているのも暇なので「で、英語の授業は今日初めてだったわけ?」と聞いてみた。もし2回目だったら初回の様子も聞けば会話の進行としてはスムーズだ。娘はちょっと躊躇して「ホントは今の話は月曜日にあったことで、月曜日に話そうとして忘れて、火曜日はパパの日だから話さなくて、今日になったの」と言った。パパの日とは、つまり火曜日だけは夫の店の店番とウチの番の人員を交代するのである。「なんでパパに話さないの?」と言うと、今度は躊躇なしに「だって、パパに話しても言葉通じないもん」。こういう境遇をどう感じているのか聞いてみた。「パパと言葉が通じないのってどう?」「えー、いいよ別に。パパ面白いから」。日本に来ないであのままタイにいたら、私がこっちの立場になっていたはず。どっちが楽かは体験できる身が1つなので永遠に知ることはできないのだが、1人で、せめて中期間タイ遊学をと思っても、これじゃあ実行は我慢せざるを得ないことは分かる。
by kienlen | 2006-04-19 22:55 | 言葉 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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