数分の電話でこの打撃って

夫や息子を見ていると、なんでこう何もかも曖昧なままで気持ちが悪くないのかなと思う。ほんと、見たくない、知りたくない。たいていの人はそうだと思うけど、私だってだいたい自分が正しいと思っているから、曖昧なこの方々はおかしいのだと思う。これでどうやって社会適応しているんだと本当に心配になっても今さらしょうがないなと思いつつも心配になる。ということを人に話すと、社会適応に問題があるのは私の方だと、まず誰からも言われるのだが、今も、ちょっとそのような齟齬を感じた。これ、やはり職業病の一種だろうか。というのは、自分の仕事は極度にひとりぼっちだ。全体には分担しているけど、自分の担当部分というのはひとりでやるしかない。助けてくれる人もないし、その代わり自分が他の担当部分を助けることもムリ。しかも組織にいるわけじゃないから、最初から行きつく先が何かを明確にしておかないと仕事にならない。もう基本中の基本。これは自分にとっては当然で意識することもないし、一緒にやってる仕事の関係者にとっても同じだと思う。よって、確認事項というのはキチキチと確認する者の集まりということになり、キチキチするのだ。そのキチキチ以外は一般常識からしてかなりルーズだとしても。

で、先ほどの電話。元々このキチキチが通じない相手だというのは感じていたけど、それにしても自分としては呆れる内容だった。そして自分にとって簡単に済ませておきたいこと、こんがらがる必要のないことは単に済ませたい、シンプルに。ただし問題は、自分がシンプルに済ませたいことと相手がそうしたいことの間に山や川があることはあり得る。このへんは感性の違いでも何でもいいのだが、それは否定しないが、山があんまり高くて川があんまり急流でもなあ、結構辛い。で、思うのだが、曖昧にしておくことの重要さの中に身を置いている人の方がきっと多いんじゃないかということだ。これを思うと、怖い、自分、適応できない、気付いてない、ええびっくり。となると、夫や息子の方がマシってことか、きゃっ。まあ、家族内が互いに異分子というのも勉強になりますが、勉強になることと、対外的にそれで自分が異分子を見習って対応できているかということは全く別問題であることを感じる機会、結構あるかも…。
by kienlen | 2012-08-13 11:14 | その他雑感 | Comments(0)

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