本場の田舎暮らし

母はどっちかというと派手好きで、田舎の人ではあるが田舎的な簡素さとか自給的というか、そういうものからはかけ離れた感じだった。そのギャップが彼女にとってはきつかったのかもしれないと思う。だからそういう母がいる実家というのはちょっとちぐはぐな雰囲気があった。漂っている空気感が落ち着きないというか、そわそわするというか、アンバランスというか、身の置き所がないみたいな感じ。まあ、ある意味、当時としてはそれがとっても今風だったかもしれない。で、今、父だけになった家がどうかというと、これはまたひじょうに、今までの分まで板についているという感じなのだ。もともと細々工夫することが嫌いじゃなかったのが、母はそういう工夫が貧乏たらしくて嫌だったのかもしれない。消費は美徳をそのままいくような人だったから。この間の、七輪で魚を焼くのを嫌がっていた件もそうだが。

今どうかというと、芝生や庭先の畑にまく水は雨水を貯めている。慢性的に水不足の地域だった。昔は井戸水を使っていたのが、今は水道でいつでも出るようになっている。しかし父にしたら水不足の中を育ったからこういう措置は当然なのだろう。今どきのエコなんとかみたいな大げさなもんじゃなくて、雨どいの所に大きいバケツを置いておくだけ。このところの雨でふたつのバケツがいっぱいになっていた。薪は「生きている間は充分」というくらいに積んである。梅を漬けた容器には塩のグラム数が書いてあった。スベリヒユとか雑草も摘んで食べている。柿の木に案内して「今年はなりそうだから直売所に出す」と言う。この間、友人が無農薬の柿がどうのと言っていたので、柿なんて消毒すると思っていない自分は「柿って普通無農薬でしょ」と言うと「出荷するのは普通消毒する」ということだった。それを思い出して父に「消毒してるの?」と聞くと「回りはしているけど俺はしてない」と言う。「だったらちゃんと無農薬って書いた方が売れる」と言うと、そんなことは考えたこともなかったのだった。
当たり前の生活が当たり前じゃなくなっていく過程を同時に体験しながらも、相当に違ったふたりではあった。
by kienlen | 2012-07-09 22:20 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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