『環境省の大罪』

しばらく前に読んだままメモらず。朝日新聞記者の著。タイトルと違う本はよくあるけど、これはタイトル通りの内容。大罪ぶりが細々と検証されていく。実はこういう本ってあまり読みたくなくて、これも自分から積極的に読もうと思ったわけじゃなく読むはめになったというのに近い。つまり、読むとうんざりすることが分かりきっている。政治はこうだし原発はこうだし、政治生命さえかければいいかのような訳分からない姿勢ももう心底うんざりだし、陰にはあれがいるこれがいるとか、国民より陰ね、はいはい、これ以上うんざりしたくないというのがきっとたいていの人の心情で、だったらうんざりすることから目を背けてしまって思考停止で日々を楽しもう、ということになるのは当座の自己防衛の手段としてはありだと思ってしまう。だって、下っ端国民にとって、どこで何が起きているのか、本当にわかんない。仮に分かったところでどうしたらいいんだ。となると、このような本は目を背けたい部類に入るわけだ。官僚とはどういう人達で何が思考の基本で行動原理で何をしているかという報告というか告発みたいなものは基本どれも同じ。仲間意識とその反対の敵対意識、エリート意識と劣等感、足の引っ張り合い、内部の論理で進める物事、政治家との関係、マスコミ対策の手法、じゃま者を排除する時の論理、保身最優先で責任の所在なし、読み飽きるほど読んでもいないのに、あまりに似ているからもう刷り込まれた。うーん、本当にここまで極端なんですか…。つまり問題は、個々が良くてもそういう組織になってしまっているということなのだろうが。

そういうわけなので、読みにくかったら挫折しても不思議ではないけど、ひじょうに読みやすく、目を背けてばかりじゃますます悪循環だし、今を生きる日本人の必読書だよなとは思った。環境省のおかれている位置がどう変化し、原子力規制庁が環境省にできることの意味というか、奥深い危険というか、執拗に掘り下げているので説得力がある。ここに登場する官僚の像というのも、期待した期待はずれがなくて、期待通りでありすぎることにうんざり。その当たりの描写も細かい。しかしここまでひどいのかなあ、なんか、もうダメじゃないかって気持ちになってしまう。どっかでは違うって思いたい日本人の私がいるんだけど。この本ではそういう意味で最後にかつては存在した手本みたいな官僚というのを登場させている。そういう形でしか示す方法がないのだろうかということが悲しい。著者が新聞記者なので、官僚の内部告発のような、偏向とまではいかなくても当事者だからの臨場感と引き換えの限界を感じず、読んでいて疲れない。それと私は、内容もさることながら、大手新聞社の記者にこういう気骨のある「ジャーナリスト」がいるということには希望を感じた。まあ、下っ端国民にとって大事なのは、何のかんのいっても知ることだ。上記の情けない自己防衛は撤回で、知ることが基礎。それにはちゃんと伝えてくれるジャーリストがいてくれないと困ります。という意味でいい本だと思った。
by kienlen | 2012-07-07 08:04 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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