開戦の理由をみっつの方向から

先週の土曜日から今週の木曜日まで毎日ぶっ続けで遠出。一体何キロ走行したのって感じ。信号待ちの間でかなり本読んだ。クラクションも鳴らされた。加えて夜も用事が重なりいなかった。で、昨日は地元だったのだが、夜の講演会にどうしても行きたかった。こういう単なる趣味のためのものは止めようと思うと簡単で、元来在宅派なんだから家にいた方がいいと考え出すとそっちに流れる。どうしよう。で、思い付いた。娘を連れて行けばいいのだ。講演会だけで行く可能性低いから「終わったらご飯食べよう」で大丈夫。何しろ食いしん坊である。待ち合わせは書店。漫画を買わされた。自分もつい2冊。講演のテーマは「戦争は回避できなかったのか-再考・アジア太平洋戦争」で、お話は大学の先生。外交史の観点からは、最後まで回避できたはずということになっているが、結果的にできなかった理由を、戦前の社会史と国内政治過程から探ろうというもの。かなりテンポがゆっくりで、若い学生相手そのまんまな感じ。テンポを速くして内容2倍にしてもらっても良かったんだけど。

最後の部分の解釈は自分は全然知らなかったので新鮮だった。政治過程の部分。当時、格差社会がひじょうに大きな問題になっていて、政治的には二大政党制で、この二大政党制というのは相手の負けイコール自分の勝ちになるという大きな欠陥がある制度であり足の引っ張り合いになり、社会問題は一向に改善されない。人々は絶望する。そこに新しい政党みたいなもんが出てくる。ドイツ帰りの学者とか官僚とかが、ユダヤ人差別を別にすればドイツは平等社会だ、アメリカみたいな格差社会とは違う、健康意識が高く勤勉ということですっかり傾倒。三国同盟もこういう視点から見ると様相が変わってくる。大政翼賛会も社会民主主義的な組織としてはなかなかよろしい、という見方ができる。つまり、格差是正の方向への国内での摸索が開戦の構成要素になったということ。戦争のような大きなことを一部の人の決断でできるわけなく、個人のレベルから関係しているという見解は何度も強調されていた。

開戦前の政治状況の説明というのが、もう今にそっくり。歴史は繰り返すってまさに。確かに当時の状況を生で知る年代はいなくなっているわけだ。娘は全体的に歴史とか政治とか社会への関心はそう高そうに見えない。かといって何に興味があるのか、分からないけど。学校の授業と同じだった、と言っていた。それから食事へ。チェーン店には行きたくない。美味しくない所は避けたい。というのは、飲み屋であるが、どうしてこれでいいのって店に何度もぶつかっており、知らない店は怖い。そこで行ったことのある中華の食堂へ。大量に食べたい若者にも、まずはビールという大人にもいい大衆食堂だった。また行こ。
by kienlen | 2012-06-09 11:21 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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