タイ人作家の短編集『観光』

紹介を書こうとするだけで涙が出てくる。素晴らしかった。全身で感動。よく、魂を揺さぶるっていう惹句が使われるけど、なるほどこういう感じなんだろう。ラッタウット・ラープチャルーンサップという、名前を見る限り100%タイ人な作家が、英語で書いた小説の翻訳だそうだ。なつかしのハヤカワ文庫。アマゾンで見つけて買った。昔読んですごく良かった印象のあったタイの小説をもう1度読みたくなって中古本を発見して注文する時に偶然見つけてなんとなく注文したのだが、こんなに素晴らしいとは。出会いに感謝します。文学というものが何なのか知らないけど、こういう小説を読むと、どこからともなく文学という言葉が浮かんでくる。日ごろ読んでいるエンタメ系とは重量感が別次元。そしてものすごく繊細。シルクのグラデーションが波のように行きつ戻りつしながら生と死を編んでいくというか、違うな、それだと都会の繊細さみたいだが、そうじゃなくて、むき出しなのに整った野性があるというか、それは矛盾かなあ、という、つまりそういう諸々が全部入っている。本だからページをめくるわけで、私など食事しながら読んだりもあるのだが、これが本という形じゃなくて一挙に目の前に展開されていたら人生丸ごと釘付けになりそうな感じだろうなと想像する。

私は、この本がいいなあと感じることはしょっちゅうても、その作家に会いたいなんて思ったことはないが、このタイ人作家は見てみたいと思った。そうか、子育てを終えた後の生きがいをラッタウット氏に会うことにするのはどうかな。イギリスやアメリカで絶賛されているようで、受賞もあるようだが、それに対するコメントもとても感じがいい。まあ、その点に脚色がないとはいえないとは思うけど。おさめられているのは7つの短編。短編小説を読むのは何年ぶりか、何十年ぶりか。舞台はすべてタイ。視点は1編を覗いて子供。子供のような透明で瑞々しい感性を持ち合わせてない自分は子供の視点はとっても苦手なのだが、これはもう全然違和感なし。どれひとつとして退屈したのはないけど、私は最後の比較的長い「闘鶏師」というのが好きだった。でもどれも好きだけど。バンコクに住んでいた時の家の近所の空き地にバイクに鶏を乗せた男達が集まって来て闘鶏をしていた。女は仕事、男は闘鶏。今はあんな光景はないのだろうか。それから日本に研修に来ていたタイ人の明晰で楽しい男性従業員が仕事の隙に闘鶏用の鶏について図解で解説していた。ということは、今もあの光景はあるんだろうか。タイに行きたくなったな。タイトルは「観光」か。一般的にイメージする観光とはだいぶ違うが、すこしえぐってみると・・・というところでタイトルに関する訳者による秀逸な解説もあって、なるほどと思った。
by kienlen | 2012-04-21 10:09 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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