中島岳志『世界が決裂するまえに言葉を紡ぐ』

大仰なタイトルだなと感じた。前書きもそう。ここまで書かなくてもと思った点はあったけど、中身は良かったし、読むに従って、決して大仰でもないなという感じになってきた。星野智幸、大澤信亮、重松清、開沼博の4人との対談集。週刊金曜日に掲載したのをまとめたもののようだ。出版社も金曜日。対談相手は中島岳志が希望した人で、その経緯も書いてある。私が知っているというか、読んだことのあるのは重松清のみで後は全然知らない。でも、この本を読み終えて、友人が開沼博の本を持っていたはずだと思って電話してランチして借りた。論文なのでどうかなと思ったが、一行目を見た限りでは読めなくなさそうな感触。厚いから時間かかりそうだ。この人は最後の対談相手だった。そしてこれが大変に面白かった。全体に秋葉原事件のことを下敷きに話していて、自分としてもたまたまそれを読んだ直後だったので記憶に新しく、なかなか納得できる話しだった。感じていたことを言語化してくれたという感を得ることができた。本を読む意味ってこれだ。秋葉原の事件の本を読んだ時も、あるいは彼は本に救われたかもしれないのに、とすごく感じたのだった。でも結局アクセスのことが本書でも問題になっているわけだ。

この本では「実存の問題」という表現で頻出するのだが、これを抱えているかそうでもないかというのは、とっても大きなことだと思う。だいたいにおいて表現活動しなければならないというのは、そういう問題を抱えているからだろうと思うし、じゃあ、表現への欲求がそれほどない人というのはどうなんだろうというのが、他人になれないので分からなかったが、私は息子を見ていると、何か別の人種という感じがして結構学ぶところがある。あるいは後回しになっているだけなんだろうか。分からない。苦しさの種類が違うように思えるな。本を読み終えたのは朝だった。映画に行くか、温泉に行くか、あるいはもう1度寝るかで迷い、寝ることを選んだ、というのはつまり寝て読書なんだけど、それで読みかけのこれを読み終え、本を借りるために友人に電話して、それから実存の問題のヒントにしようと思ってその友人に「子どもの時に一番大事なことって何だった?」と尋ねた。これを実存の問題についての入り口にしようと勇んで聞いたのに、答えがあまりに意外で入り口までもたどり着けなかった。いやあ、自分の頭ん中で考えていることなんぞ通用しないんである。
by kienlen | 2012-03-15 21:08 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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