母の入院

母が散歩中に転倒して足の骨を折り入院したと父から連絡のあったのが少し前のこと。1週間くらいになるだろうか。そのままだと寝たきりになるということで手術したそうだ。遠出続きだったりで見舞いにはまだ行ってない。今日は仕事をしたい日だったが、持参して欲しいものがあるというので行くことにする。持参して欲しい物の電話での会話から、相当おかしくなっているなという感じを受けたが、かといって、元々の母の趣向だったり物言いだったりの延長なので、境界が分からない。私のイメージだと「あんなにしっかりしていた親がこうなってしまって・・・」みたいな話しを聞いたことがあるように思っていたけど、中にはそういう場合もあるのかもしれないが、結局のところ、元々持っていたものが強く出るということのように感じらる。そう思った方が納得できる。となると、母が今後どうなるかはひじょうにイメージしやすい。簡単に言うととってもやっかいだろうなと思う。

そこで自分がもしそこまで長生きした場合を想像してみると、一体どうなるのだろうか。父側のきょうだいというのは、父含めてとっても静かだし死ぬまで周囲に迷惑をかけない傾向にある。で、こういう違いが何かということだけど、自分がずっと感じているのは、抑圧は良くないんじゃないかということ。抑圧がない状態というのはそんなにないかもしれないけど、少なくともその人にとって重要な部分の抑圧という意味と、さらにそれを自分の中で消化しない生き方という意味で。母はお洒落が好きで都会志向の人だが田舎で生まれて昔ながらの結婚をして田舎で一生を送ることになった。当時の年代の女性としては普通。すると女の子である私を代替物のようにしたくなるのは当然で、小さい時から田舎にそぐわない格好をさせられたりパーマをかけさせられたりしたが、自分は母の欲求を満たす方向に行かなかった。昔のように子どもがたくさんいるのはいいなと思うのは、ひとりくらい相性の合う子に恵まれる可能性が高まるだろうから、親にとってもいいんじゃないだろうか。というわけで、着る物への執着がすごいのである。それを持っていくわけだ。で、自分がどうなるか。勉強させてくれなかったと執着し、子どもらには「せっかく思い切り勉強させてやろうと思ったのになんでしなかった」と襲いかかるんだろうか。みっともないな。
by kienlen | 2012-02-12 10:58 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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