家族団欒

夫が経営しているタイレストランの定休日は日曜日だけなので、家族が夕食時に揃うのはこの日だけだ。とはいえ、それでも誰かが欠けることは多い。今日は、私が息子に説教していたら、説教嫌い、声を荒立てること自体が極度に嫌いな夫は夕食に加わらず、いつもの3人の食卓だった。日本では食事時の団欒は重要な家庭教育の一部であることを奨励してきたが、タイでは食べたい時に食べるという習慣が異常でもなく、これは一度クセになるとやめられない。これがいいという確信は全然ないが、かといって食事時に揃って、空腹でもないのに食べるという習慣が特に重要とも思えない。重要な話をするなら食事時より、改まった方がいいだろうし、そもそも毎日顔を合わせているのだから、食事時に話さなくても困らない。家族の中の誰かには話したいが、誰かには話したくない話題などは皆が揃うと話しにくくて、全員が何かしらそういうものを抱えていたらフラストレーションがたまるかも、とも思う。

食事時に揃わないと不便なのは、おかずが冷めたり終わったりという物理的な問題だろう。ただ、これもたいしたことではない。夫が店など始める前は、夕食は時間が許す限り彼が作ることが多かった。理由は簡単で私より美味しいから。かといって私も料理くらいはできるから、帰宅して残り物があれば食べるし、食べ尽くされていたら自分で作ればいいのみ。お互いにこれをすれば待つ、待たされるのイライラもない。待つ、待たされるを楽しみたいなら楽しめばいいし、自由度は高い。子供が小さい時は、少なくとも子供の食事作りは重要だったが、このところ楽になった。自分で食べたいものは中学生ともなるとかなり作れるし、小学生の娘も目玉焼きやパンケーキくらいは大丈夫。中学生の場合、家庭科で教わったことを家で応用するのはありがたい。私達の頃は男女共修ではなかった。料理は生きる上で基本の1つだと私は思っているので、一方の性はそれをしなくていいという育ちが学校教育で肯定されてきたことが不思議でならない。
by kienlen | 2006-04-09 20:53 | その他雑感 | Comments(0)

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