『報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪』

少し気温が下がったようだ。ぎらぎら感なし。体も楽な感じ。昨日は市議選で、地方新聞一面に結果があるのかと思ったら二面に報告だけあった。そうか、たかが市議選か。それにしても県庁所在地の市議選の投票率が半分にいかなくて、県内の首長選挙の4割が対立候補なしの無投票って、なんか、これでこの制度は機能しているといえるんだろうか。それで一面は首相の脱原発はなしっていうスピーチだった。安全性を最高水準にするそうだ。今までもそう聞かされてきた気がするけど、それは誤解だったんだろうか。そもそも何ですか、最高水準って。いずれにしたって今現在ある技術の水準以上は無理なわけで、それがどういうことかって、素人でも想像ついちゃうんだけど。で、こんな被害の真っ最中に、もう片付いたかのごとくな印象を与えるのは、現場の人々にはもちろん、人類その他をバカにしてるんじゃないかな。それに、記事にくっついていた、いかにも煮え切らない解説。どっちに転んでも大丈夫です、みたいな解説。いちいち頭にきたくないから新聞の定期購読やめようかな。と思って中面にいくと、中島岳志の論説があって、ううむ、この人は好きだしなあ。でもネットだったり本でまとめて読めるし、やっぱ新聞、どうする…。長年の習慣が決断のじゃましているが、次世代への引き継ぎは難しいだろうな。それより、NHKの受信料払いたくない。民放は見なくてもタダだけどNHK見なくても有料。

などなどという迷いがこのところずっとある。新聞は自分で決められるが受信料は強制だから迷えないのもなんか腑に落ちない。という時に、この本を読んだ。やることあるし、読書どころじゃないし、ぼつぼつと読もうと思っていたのに昨日一気読みしてしまった。上杉隆と鳥賀陽弘道の対談本。厚めの幻冬舎新書。タイトルからは、原発報道に関しての内容だろうと想像するが、もっと大枠を語り合っている。日本のメディア全体というか、ジャーナリズムというか。メディア批判って、うんとうんと切り込んだところまではいかない印象があるんだけど、これはかなりすっきり感があった。最後の方なんて本気で笑った。なんてことはともかく、これは最低限のメディアリテラシーとして読む価値のあるものだと思う。私らはどっちにしてもメディアを通じてしか知ることができないわけで、まあそうじゃなくてたとえ生情報があったって、それが何を意味するかは、それなりの知識と分析力がないと分からないわけで、だからメディアの存在は巨大なわけで、そこにジャーナリズムがないとしたら…という恐ろしい話。今起きていることの現場報告でもあり、なんでそういうことになるのかという分析でもあり、ここまで語ってくれれば見えてくるものがあり、煮え切らない感なし。丁寧な注釈があるので読みやすい。ジャーナリスト志望の若者向けか。がんばってください。でも、孤独にはしませんから、って層がないとやっていけないとなると、広く一般向けでもあるか。
by kienlen | 2011-09-19 10:26 | 読み物類 | Comments(0)

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