きゅうりの後の時間の使い道

きゅうり採りのバイトが本日で終了。先月の上京時に休んだだけで全く休みなしで毎朝毎朝薄暗いうちからきゅうりを取っていた夏だった。顔を洗うために目を閉じると緑の葉っぱときゅうりのなっている様が瞼に浮かぶような状態だったが、このところはもう木が枯れてそういうシーンも浮かばなくなってしまった。もうほとんどないので遅くしようということで今日は5時半からにした。30分ほどで終わり。この夏はきゅうり採りがあったから、何だか働いているような気分になっていたが、まあ気分のみではあるが、終わったらどうしたらいいんだろう。この時間を何かに宛てたいとは思う。散歩とかトレッキングがいいけど、こういうことはひとりよりも仲間が欲しい。ひとりだったら語学学習とか。でもこれますますじっとして不健康だし。そうかテープを聴きながら散歩。一考の余地あり。

この間、友人と話していた。息子を中学から外国へやりたいということだった。このまま日本で教育受けて日本にいるという将来が浮かびにくいらしい。原発のことも大きい。分かる気はする。その友人が日本語教師で外国でも長いこと教えていたので、職業柄もバイリン実験をしたいという。それもよく分かる気はする。子どもが小さい時は自分もよく考えてはイライラしていたこともある。夫が全く無関心だし当の子どもも無関心だし。せっかくチャンスがあるのになあとか考えていた。でも早い時期に諦めた。家族で移り住むような仕事とかそういう環境でない限りは、少なくともどっちかの親が本気で関わってそのために他を犠牲にする覚悟と経済的余裕がないと無理だなと。でもそういう環境があったらやってみたかった気持ちがあるので友人には「やって、やって」と言った。実験的に春休みにシンガポールに行ったそうだ。200人ちょいの短期語学留学の生徒のうちの200人がタイ人だったそうだ。「いいな」などと娘や息子に言うと「やりたければ自分でやれば。がんばって」と言われるだけ。枯れていくきゅうりの木と人生を重ねながら、それでもまだしつこく実をつけているのに感心しながら、とりあえず早起きだけは続けようかな。きゅうり以外の何かが瞼に浮かぶかも。それとも寝ていた方が浮かぶかも。
by kienlen | 2011-08-28 07:01 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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