10年の変化

日本に来て私はちょうど10年。今日会ったタイ人女性Pは9年。思い出話が重なる。来日時期は、この地での冬季オリンピック開催の準備が追い込みの最中で、関連施設や新幹線や道路などの建設ラッシュだった。バンコクの日系企業を辞めて来日した夫は、たくさんいるタイ人達とすぐに知り合い、仕事の情報を得て建築現場作業員になった。ほとんど全員が不法滞在者という中でビザがあるので正規雇用。でも一時的な建築ブームはすぐに終わり、日本人社員に先駆けて電話1本でクビになっていた。その頃、Pは「人身売買」ルートに乗って来日した。お決まりのお仕事で稼いで短期間で400万円の通称「借金」を通称「返済」。自由の身になってさらに稼ぐのだが、多くのタイ人がそうであるように父親に捨てられた子供を残して来たわけではないので、働かない男と暮らしたりで浪費しつつ、タイ人男性との間に子供ができてしまって、無保険の出産費用等で病院には本物の借金という、1つの典型的なコースをたどる。

バブル期に日本にいなかった私も、当地で遅れてきたバブルを味わっていた。あちこちにタイ人がグループで暮らしているので、いつもどこかで各種パーティー気分。誕生日、入管に出頭した後のサヨウナラ記念、転居、諸々。ビザがないだけでは警察は逮捕しないという共通認識なのか希望的思い込みなのか表面的にはのびのびしていた。仕事もまだあった。その後、取り締まりが目に見えて厳しくなり、仕事も減っていく。それでも帰国の決心はつきにくい。それは分かる。外国といったって5年も10年も継続して居続けたら生活の場になってしまうし、いくら職がないといってもニッチで得られる小遣いでも、タイでの安賃金よりはマシ。異国で出会うタイ人同士、問題もあるが助け合いもある。「帰国」という響きは、一波乱の後で元の鞘に収まるような、ある種の安定感を包含しているように感じるが、彼らが立っていた場所は長期不在という影に埋め尽くされていると想像する方が容易だ。さらにPにはHIV感染という重たいお土産付きなのだった。
by kienlen | 2006-04-03 22:15 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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