みんな自分にはね返る

昨夜は、ベトナム戦争後の世界をテーマにした講演会があって、それに行きたかった。とても行きたかった。ところが仕事でお世話になっている会社の新年会と時間が重なってしまった。こういう時にどっちを取るかは、悩ましい問題。当初は、もともと基本的に好きじゃない新年会は行かないつもりだったのだが、何度かお誘いがあったり、何度かご無沙汰したからたまには顔出しておかないとな、という大人的考えが頭を持ち上げて迷い、結局、講演会を少し聴いてから遅刻して新年会に行くことにしてその由を連絡した。直前までそうするつもりでいたのだが、もっと直前になってから新年会1本に絞ることにした。どっちも半端になるからだ。決めたからには、諦めたことに関していろいろ考えてもしょうがない。人生諦めが肝心なのである。ということで人はそれぞれその場その場で思考なり行動を調整しているに違いないと思うが、時々「この人はあらゆるものが手に入ると信じているのかなあ」と思う人に出会う。そっちを取ったらこっちは取れないことが明かな事を同時に実現させたいとしか思えない言い方をする。今朝の電話がそういう電話だった。小一時間も話したんじゃないかな。そもそもなぜ私に電話してくるのかは、分かるような分からないような。

仕事についてだが「自分でやらないんだから100点のものはできない」と言うから「自分でやって100点になるのなら、したいのなら自分でやればいいじゃないですか」としか言えない。でも「70点か80点で良しとしなければ」と言うのだが、良しとしたければすればいいし、不満なら最初から全部自分でやればいいし。なんでこういうことでひっかかるのか意味不明。こういう人にとって最善なのは「自分でやれないことを人にやってもらう時に、100%自分の思う通りにやってもらいたい」ということになるんだろうか。ということは裏返せば「自分に自信がある」ということになる。だって、自分の想定できる範囲内しか考えていないということで、人と行うことで生じる新たな創造性に思いを馳せないということではないだろうか。そもそも人が自分の思うようになるということ自体あり得ない…、でしょ。私は結構気が長いからこういう意味不明な人と話すことに、短気な人ほど抵抗はないが、さすがにあまりに意味不明なので物言いが普段にも増してストレートになる。すると「そういう歯に衣着せない言い方をするんですね」となる。「そうですよ。歯に十二単衣着せて何かいい事あるんですか」「○○さんもそうですね」と、よく仕事を一緒にする人の名を挙げる。「仕事以外の話題はともかくとして仕事に関して何を遠回しにする必要あるんですか。それと○○さんのことは○○さんに直接聞いて下さい。アタシ、知りません」である。「僕も長く仕事してきたけど必ず問題は起こるんですよ。だからそれを予め考えておかないと」である。「アタシ、そんなに問題起きてませんけど」である。このあたりまでくると、そうか、こういう物言いって相手に「まったく何てイヤなヤツだ」という印象を抱かせるのかもしれないと、ハタと思う。極端な相手には極端な言い方になってしまうということで、初めて自分が見えるということだ。朝から気づきを与えてくれた人に感謝しないとね。半端にしておかないことで見える世界は確かにある。
by kienlen | 2011-01-29 11:54 | 仕事関係 | Comments(0)

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