『援助はタイを豊かにするか』

岩波ブックレット。1994年発行のを古本で偶然発見して買った。確か50円だったか。私が住んでいた頃のタイは著しい工業化のまっただ中にあり、自分が日本の高度経済成長と共に育ったのと同じように息子も育つのだな、という感じがした。この本はちょうど私が暮らし始めた頃、1989年から2年間、タイ東部の臨海部にある工業地帯を調査したタイ人のレポートを翻訳したもの。自分が見たあの工業化の背景で何が起きていたのかを知るのにちょうどいい本だった。工業化のひずみというのは暮らしていても表面的には感じるものであるが、ただでさえ情報源が限定的な外国の首都では、その土地の特定の地域の人々がどう抵抗してどう処理されてきたかまでを知るのは、集中してその方面に関心を持ってみていかないことには分からないように思う。つい最近も、日本を訪れたタイ人と会った時に行き先を尋ねたら「水俣」が入っていた。確かに水俣の公害はタイでもよく知られていた。

この本に登場するのはバンコクからそんなに遠くない臨海工業地帯だ。工業化推進という国の方針が、海があり田んぼがあり村落共同体のルールをもって、つまり結果的には環境を維持する方法で平和に暮らしていた人々の暮らしを根こそぎにしてしまった様子が聞き取り調査を中心に報告されている。そこには日本政府も日本の企業も深く関わっている。この調査もODAの評価のためのようだ。発行時点では、まだ多少は残っていた地元の人々の暮らしは、今は多分失われているんじゃないかと想像する。本では、著者が四日市を訪れた時の印象が、その開発中の地区と対比され、いつかあのように、という方向付けで語られているが、多分その通りになり、そしてそれから10年以上も経った今では、地元漁民や農民の叫びも忘れ去れているのかもしれない。ベトナムに行った時に、後発国の利点を生かして、タイのようにはならない、という意識があるんだろうな、なんて感じたが、工業団地開発真っ最中なのを見ると、複雑な気分ではあった。観光地候補ではホテル建設のための地ならしの真っ最中。こうじゃない「発展」というのはないんだろうか。
by kienlen | 2010-12-22 15:23 | 読み物類 | Comments(0)

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