結構本質的なこと

今朝、枕元の時計を見てびっくりした。8時半近い。信じがたい時間だった。起きるのに遅すぎるというわけじゃない。こういう時間に起きる、もっと遅いはよくある。そうじゃなくて、今朝の予定としてはその時間にはもう家を出ていなければいけなかったのだ。私はひどい夜更かしとか何とか特別な事情がない限り、起きるべき時間に目覚まし時計の助けなしに起きられるタチだ。安心して眠れるように一応目覚ましはかけるが、だいたいその前に起きられる。旅先でも同じだ。毎日の規則正しさよりも、するべきことで動くという習慣の影響かと思う。よって、これをしなくなった時は規則正しさでダメ、中身でダメ、最低最悪な状況になる。それを分かった上での今朝のこの様である。ああ、もうダメなのかな、と思った。しかし、つまり、潜在意識としては行きたくないのである。今朝の仕事先、というよりか、ボランティア。ちゃんとした仕事でこれだったらおしまいだが、今日の場合は、引き受けたからには責任があるが、報酬だけではない何かがあるから受けたのであって、それがないのじゃあ行きたくない。そんな類のものなのである。

やはり仕事にしろボランティアにしろ、何かしらの動機がないとできない。そのやる気のリソースがどこにあるかはいろいろだ。まあ、仕事の場合は報酬の多寡は大きいけど、かといってそれだけともいえない。ただ言えることは嫌な仕事でも報酬が大きければやる気はでるというのはある。少ない場合は、それでもやるかやらないか、という選択になる。そして責任。受けたからにはやらないと。できないなら受けない。で、今回の場合は、受けたからにはやらないと、なんだが、それだけでできるのか、ということである。自分の裁量で決められるわけじゃない。かといって与えられた枠内で最大限をというわけでもない。方針不明、何もかも不明、本当に行く必要があるのか、誰にとってあるのかも不明。管理責任者も今ひとつ不明。こういう世界があるんだなって感動はあるが、今さらそんな世界を知ることに意義を見いだせない。自分にとっての仕事に対する枠が狭かったのだろうかという気もする。そしてこういう世界で仕事している人というのは、私が考えているような仕事だと馴染まないのかもしれない。世の中っていろいろなんだな。結局今日はちょっと遅刻した程度なので行くことはできて、実際行ったのだが、教室の手前で引き返してしまった。どうしても気が進まず。つまり学校だ。明日は行くけど、ううむ、これでいいのか。きっと良くない。何だったらいいのか。分からない。自分で決められないことがもどかしい。無責任でいられて楽ともいえるか。楽だから快適ってもんでもないのが・・・。
by kienlen | 2010-09-28 16:16 | 仕事関係 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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