何が何だか分からない事件

つい先日も裁判の傍聴に行った。タイ人同士の喧嘩事件。酔って喧嘩した、と笑って済ませられなかったのは、片方が失明してしまったからである。加害者と被害者と単純に分けるには訳の分からない事件だし、両方とも面識がある人達で、極めつけはこの喧嘩の舞台。もうこれ以上言えないくらいに身近な場所である。私はたまたま居合わせなかったというだけで、居合わせていたら証人になっていたことは間違いない。タイ人ばかりの中で日本語の通じる日本人だから重宝されたかもしれない。ここぞとばかりに嘘つきまくっても信用されたかもしれない、というのは冗談。法廷には見たことのあるタイ人が数人いた。単独タイ人か、あるいは日本人同伴。閉廷後に「知り合いなの?」と久々に会ったタイ人に聞くと「タイ人同士だもん、みんな知り合いだよ」と笑われた。何しろ物的証拠がないし、酔っ払いだし、第三者ほぼ不在という事件だから供述のみが頼りみたいな感じ。その日は被告人質問だった。この間、弁護人も検事ものたのたと話していたせいもあってか裁判官が「次に別の裁判が予定されていますから終了時間を守るように」とまず釘をさした。内心で拍手。本当に拍手したら怒られるから。昔「そこ、姿勢が悪い!」と指さされた時は本当にびっくりした。

弁護側が「被告は相手の挑発にのらずに淡々としていたのに相手が一方的に攻撃してきて防御しているうちにフォークが目に当たってしまった」という筋で通しているのは明かだった。私にはこれが事実かどうか全く分からないのだが、ただ無我夢中だった割には、どうやって殴られたかを覚えていすぎるのが逆に不自然に感じた。手短に答えるように言われているから、その印象がさらに強くなる。はい、いいえ、とか、簡潔に言い切れるものかな、と。でも言葉のやり取りとはそういうものなんであり、裁判を見ていて感じるのは言葉による表現力のある、なしによる影響は相当に大きいんじゃないかということだ。だから弁護士がいるわけだろうけど、その間のやり取りだって同じ。なんかこう、複雑な気分。言葉による表現力に乏しい家族を抱える身としても。途中で傍聴人の失笑を招く部分もあった。「当日はビール7本飲んだことになりますが酔っていましたか」「ちょっとだけ」「記憶をなくすくらいですか」「いいえ」「どのくらい飲めるんですか」「スナックに勤めていた頃は2人で1箱飲みました」と言った時。1箱って24本である。「お酒強いということですね」「そうです」。それにしても全体的にぼやけた事件。そもそも何で喧嘩になるか、というのが全くもって分からない。つまり動機というやつだ。分からないのは、あくまで自分の視点だからであり、目があっただけでとんがる人もいるとなると、分かる人には分かるんである。そういうことを分かるという点ではいいけど、世の中殺伐とすると結局こういうことに税金を使うようになり、悪循環になることも分かる。
by kienlen | 2010-09-04 10:18 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー