ポジシンに挑戦

「今月末までいる」と言っていた息子が今日戻ることになった。早まった理由を聞いたら「これ以上堕落したくない」と言う。全くあまりの堕落ぶりに「墜ちるところまで墜ちろ」と思って徹底的に何も言わないでいた。ご飯を炊くか、炊かないか等の当方に影響のあること以外は。よくここまで自堕落でいられるものだと思う。私にはここまでの勇気はないように思う。いや、そんなこともないかも、いやまさかここまで…。こういう時に自分は棚に上げておかないとどうにもならない。いずれにしろ様子を見て本当に耐えられなくなったら学費を出すのは止めるくらいの覚悟をしている。下層の労働者でしかない我が家を息子の堕落のために崩壊させるわけにはいかない。ただ、親としてそこまでの覚悟を決めるための日々、そんな気がする。修行だ、葛藤である。そしたら先の言葉である。しかも「そういうバランス感覚はあるんだ」と言う。こういう口先の言い方には腹が立つが、ずっと腹を立てているのでだんだん響かなくなってきた。ひたすら、とにかく4年間、4年間、それで吹っ切れる、を、念仏のように唱える。念仏を唱えれば極楽浄土に行けるという思想にわずかに近づいたような気分、息子のおかげだ。

一方でいろいろ考えてしまうことは、じゃあ真面目に何かに取り組んだら安心かというと、他が目に入らなくなるんじゃないかと私などは思う。哲学書なんか読むような子だったらどうか、いいなあ、と思いつつも、それが隣にいたらどうよと、あまり嬉しくもない。自分はどっちかというとこういう方だから親に敬遠されたのだ。なるほど。親になってみると分かるとはこういうことか。ずっとパソコンに向かって何やらやっていたらどうか。それはそれで、直接交流もせよと思うに違いない。つまり私はネガティブ思考ということなのだ。だから、何かにつけて負の側面を見る。そして絶望する。でも希望を持っているかというとたいして持ってない。だから実は絶望はしない。それってもしかしてポジティブかな。結局分からないし、どっちでもいい。誰だって両方あるでしょう。だったらついでにポジティブシンキングになってみると、これはこれでいいのじゃないかと思う。偶像崇拝的ではない。現実的である。これで今ひとつ知性が加わったら結構使えるかも。しかし知性が加わりそうな気配は今のところないのが問題。直感力はなくもないような気がする。いや贔屓目かもしれない。いじわるじゃなくてひねくれていない。いじめはしないタイプ。臆病というとネガティブになるんだったら慎重。呑気でルーズと言って悪ければ慌てない、冷静。結局、当方に言い換え力、変換力をつければいいのである、という単純な問題でもないが…。
by kienlen | 2010-08-24 08:42 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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