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帰れない市場での救い

前回の続き。100年市場の前で「ここ」とバスを降ろされた時は少々びっくりした。ネットで見ると結構人気になっている市場なのでバイクとか乗り合いトラックがたむろしているのかと予想していた。とにかく今回の場合、夜は飛行機に乗るというノルマがあるので、それだけは成り行きでダメだったというわけにいかない。帰りの手段のアタリをつけておかないことには落ち着かない。つまり何もないのである。駐車場に止まっているのは自家用車らしきものばかり。この間の隣県の市場でも義弟の奥さんに「車がなかったらどうやって来るの」と聞くと、笑って「車がないと来れない」と言う。つまりバンコクから車で1時間とか2時間程度の市場が栄えるようになった背景には車社会化の進行があるということなんだ。実はその時は内心「自家用車のある人は知らないだけで何か交通手段があるに違いない」と思っていたのだった。それにしては、駐車場からあふれた車が小さな町の道路をふさいでいたが。それによく考えてみると、言ってみれば普通の市場なわけで、観光客として来るなんて人は日頃の暮らしが中程度以上だから、こういう市場に興味を持つということだろう。下のクラスは常日頃から市場を利用しているわけでわざわざ長時間かけて遠くの市場に行くわけがない。

ということで、100年市場に入ってラーメンを頼んでお姉さんに尋ねて、いつ来るとも知れないバスを待つしか手段がないことが判明した。地元の人が言うんだから確かなんだろう。もう最悪炎天下で2時間待つ覚悟を決める。それから渋滞があったとしても夕方までに帰れるよう、一通り見学したら戻ることにする。幸いこじんまりした、ちょっと散歩にはいい市場だった。ここでクロックとサークというタイ料理に必要な杵と臼を購入。重たいから今までずっと買わないできたのを今回決心。それでも石は重たいから素焼きの小型を。60バーツという値段も魅力だった。12時をメドに通りに出る。バス停があるわけじゃないし、弱ったなあと思っていたらおばあちゃんと孫かな、という感じの2人が立っていたので「バンコクに行きたいけどバス来ますか」と聞いたら「私達も待っている」と言う。ただし反対方向。バンコクだと道路の反対に渡って待たないといけない。が「あっち側は暑いからこの木の下で待っていた方がいい」と言う。反対行きのもターミナルからバンコクに引き返すそうだ。じゃあ、そのまま乗っていればいいんだ。で、早速バスが来た。孫らしき子が手を挙げるが反応なしで素通り。「いっぱいだと止まってくれない」と言う。ここでさすがにぎょっとした。タイは休日で私の乗ったバスも満員だった。この市場にバスで来る人があるとは思えない。ということは-。また待つが来ない。そのうちに男性が来て同じようなことをその女性と話している。と、通りの向こう側にタクシーが通りがかった。バンコク方面に向かっている空車。こうなったら銭には変えられない。

こっち側から呼び止めると止まって「どっちに行くんだ」みたいなパフォーマンスをするから「バンコク、バンコク」と叫んだらうなずく。値段だけ聞こうと思って聞くと「うーん、いくらなら行く」といつもの言い方。ちょっと見当つかないから、黙っていたら「500バーツ」と言う。「それ、高過ぎ。300でどう」と言うと「じゃ、350」と定石通りのやり取り。タクシーの運転手には私は甘い。東北地方からの出稼ぎの人ばかりだから余計に払ってしまうが、この時はこのタクシーがバンコクに戻る途中に感じたので「300にして」と言ったら「じゃ、ちょうどいいから帰ろう」と言われ乗り込んだ。ほっとした。それにすごく感じのいいハキハキした運転手でこれなら快適なドライブになりそう。タクシー運転手と話すのは好きなのだ。嘘か本当か分からない話をしてくれるのだが、それがなかなか傑作。この人は率直そうでいろいろ話をした。ちょうどパタヤに行くイギリス人の常連さんを送っての帰り道で、途中でひとり乗せてラッキーだったら次が私でさらにラッキー。「メーター使ったら500バーツいくぞ」と言うから「そんなにならないでしょ」と言っておいた。いずれにしろ両者にとって幸運だったわけだからめでたい。それにバスの運転が怖かったから、実はあれも嫌だった。「バスの運転が怖かった」と言うと「僕の運転は安心してくれ」と言うから、とにかく話ができるだけで安心。バスの運転手に「もっと安全運転を」と言ってもっと狂気になられたら困るし。ひじょうに快適にバンコクに戻った。時間が余っているので、前日に死者のでた爆発のあった現場に行ってみることにした。
by kienlen | 2010-07-28 11:25 | | Comments(0)

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