行き過ぎ文書主義ではないだろうか

仕事が一段落するまではしょうがないかと思っていた部屋。収納場所がないこともあって倉庫の様相を呈している。机の上も半分が本に占領されるとパソコンへのアクセスにも支障をきたす。これじゃあ能率も下がる。とうとう今朝から片付けることにした。といっても捨てるモノがないのだからモノが減るわけではない。そういう中で目立つのは行政関係書類である。週に1度1時間とか、完全にボランティアの登録とか、そういうのでさえ毎年毎年「委嘱状」とかいうのが来る。こんなの集める趣味ないし、役にも立たないから要らない。受け取らないでおこうと儀式に欠席すると送付されてくる。ここ何年かたまに学校に行くから毎年4月に渡される。こっちはそれよりも内容の打ち合わせをしたいのに校長から教育委員会の職員から「委嘱状は・・・委嘱状は・・・」と騒いでいらっしゃる。厚めの紙であるから、途上国の子どものお絵かき用にでも寄付した方がいいんじゃないだろうか。昔の自分だったらこういう紙が欲しかった子ども時代だった。ただし使うのは裏側のみ。

結局資源ゴミに分類。受け取るそばから資源ゴミ。それから稼働状況報告というか、なんというか。例えば月に1度1時間だけ働いて800円とか1000円とかを受け取る場合だが「来月分とまとめてもいいですか」なんて聞いても返事してくれない。駄目なんだ。委嘱状も「要りません」と言っても通じなかったし。で、その書類のフォームが毎年超微妙に変わる。「去年のがありますから使ってもいいですか」と聞いたら「少し変わっているんです」と言われる。この変化の意味がまた不明。まあ、単に担当者が変わりその人の仕事が書類作りってことなのだろうが。それから通知の大げさなこと。会議の都度、大げさな通知がくる。本職の方の打ち合わせや会議なんて、ひたすら内容を詰めるためのものであるから、スケジュール調整と内容だけが関心事。よってギャップが大きい。こちらも「通知の紙がもったいないからメールでいいですけど、アタシは」と言っても「いやあ、ははは」と笑われる。笑わしているつもりないんだけど。セキュリティのためというなら別だが、どこに漏れても困らんだろうってものまでみんな大げさ。官僚の本質のひとつが文書主義にあるということは誰かが言っていたような…。それにしてももうちょっと整理整頓したって問題ないんじゃないかと感じてしまう。まあ、微調整しちゃいけないのが官僚でもあるか。身分の安定した公務員をあこがれの塊で見上げているが、常に調整したい自分には務まらないか。諦めよう、捨てよう。
Commented by jun at 2010-05-24 08:56 x
委嘱というのは「官」の象徴のようで、上下関係の明示で譲れないと勘違いしているのでしょうか。民間でも官に真似して似たようなこともありましたが、お互いにバカらしいことに気付きました。「命令」とは言えない言い訳でしょうか。安協の教本のように捨てられるものですよね。
「積み上げる たびに崩され 官僚制」
回文ではないですが、再掲です。
大真面目で文書作っている姿を想像すると笑えますね。お金や文書を使わないで成果が上がる政策が評価されつつあると思います。
あっ、私は見上げず、見下げているのでいるのでそれもまずいかな。でも卑しく見えるから。
Commented by kienlen at 2010-05-25 07:56
junさん、毎度ありがとうございます。上下関係とか譲れないとか、もともとはそうだったんでしょうけど、今となっては意識したものではなくて単なる習慣になっているように思います。習慣を止めるのは難しいということでしょうか。そういえば私も心当たりあり…。
by kienlen | 2010-05-22 13:28 | その他雑感 | Comments(2)

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