母の視点、娘の視点

仕事が一向にはかどらない。夕食時に娘に「あああああ」と言うと「仕事できなかったんだ」と理解する。息子だったら親の「あああああ」も「いいいいい」も聞こえない。聞こえるところが娘なわけか。そういえば周囲にも女の子だと相談相手になるとか、娘に愚痴こぼしている、という人がいて、それって娘かわいそうじゃないか、なんて思ったりするが、自分もそういう母親になっているんだろうか。となると、自分の母親にとっての娘という自分がどうだったのか。最近、母の様子がとみにおかしいことは感じてるが、困ったことに境界線が分からない。あんなにしっかりしていたのにこの頃は…というのなら変化が分かりやすいと思うが、もともとおかしい人の変化は掴みにくい。片っ端から医者通いをしているようだが、異常を見つけてもらえないそうだ。私は母との関係で悩んできたものだから、母子関係、家族関係、心理関係の本を随分と読み、カウンセラーの友人に相談し、今思っても苦しい日々をいい加減いい年になるまで過ごしてきたように思う。ただそのおかげで、こういう人はこう推移するんじゃないかという予測はつく。特に母など典型であるように思う。

今朝は父が最近には珍しくひとりでやって来た。この頃は母がどこにも付いて行くので言論の自由も行動の自由も制限されている。そして「お前だから話せるが」と前置きして話した内容が実に私の予想通りだった。喜ぶべき事態ではないが、覚悟してないよりはマシかもしれない。しかし覚悟した時間が無駄だったかもしれない。まあ、いいや。面倒な自分。そういう面倒な自分になったのは多分母親のせい、というかおかげである。そして思うことは、自分だってああなっていても不思議じゃないし、多分なるな、ということだ。ただし条件付。仕事がなかったら、母を反面教師として見ていなければ、父がこうじゃなければ、夫がこうだったら、みたいな、諸要素の交錯がどうでるかということなんじゃないだろうか。昭和一桁生まれの農村の女性である。かわいそうな面は多々ある。でも、経済問題も家族問題も抱えていない今は客観的には幸福(語彙矛盾ではあるが)なんだからいいだろうと思うが、ひとつひとつの処理方法を学ぶ機会もなかったんだろう。こうして自分も学ばないといけないことを教えてもらっているわけだ。もっとも学んだからって実践できるかは別問題だ。
by kienlen | 2010-04-24 11:23 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

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