希望を感じたこと

タイから日本に来た数日後に中学校に入学し、今年3年になったタイ人の男の子に久しぶりに会った。入学当時、掃除の仕方だとか授業だとか全く分からないのを通訳で少し関わったことがあった。すっかり日本語も上手になり、進学する高校も自分で決めていて、それに向かって頑張りたいと意欲的だった。たまたまこの中学には日本語指導を専門とする先生がいたのも良かったのか、丁寧な日本語をちゃんと使えて清々しかった。個人差や家庭環境、また学校の受け入れ態勢による違いは当然あるが、見ている限り、小学校で国を変えるのは弊害が大きいように感じてならない。母語が未熟なうちよりもキチンと思考できるようになってから移動した方がいいように感じる。かといって中学高校という難しい時期で、学校も受験中心に動いていて、家庭が崩壊していると、かわいそうな事態になるのも見ているので、判断は難しいところではあるが。

中学で来ると高校受験で外国人枠というのが使えるのも有利になる。国語の代わりに作文になったりという配慮がある。それで作文の指導を中心にすることになった。今日はその打ち合わせ。自分の意志がある子と話すのは楽だ。数学は得意だしスポーツも美術も得意だし、タイの小学校では一番勉強ができたという自信もあって、大学も考えている。しかし取り出しで日本語を学んできたおかげで国語と社会は全く授業を受けてない。これはこれで厳しいものがある。機械が好きなので工業を狙っているのだが、彼の通っていたボランティアの日本語教室で知り合った中国人の男の子が商業高校に進んでいるので「自分が工業、彼が商業を勉強して会社を興したい」というのには、こんな時代になっていくんだなと頼もしかった。「タイにも中国にも日系企業は多いし、すごい面白そう。中国語とタイ語と日本語ができるし、いいよね」と言うと「英語も」と言われた。今日はお花見に行くと言うから「誰と?」と聞くと「タイ人の皆さんと」との答え。当方の乱れた日本語を見直さないと。
by kienlen | 2010-04-19 16:05 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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